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帰る――帰る? どこへ? あの部屋へは、もう戻れないのに。
「な、なんだよ、てめえッ!!」
突然割り込んできたギイに、少年達は声を荒げ、怒鳴った。
「この子の連れだよ」
「ざっけんじゃねーぞッ! こっちの方が先約なんだよ!」
「後から割り込んでくんじゃねーよ!!」
「――うるせえッ!!」
びんと腹に響く声が、少年達を打ち据えた。
ギイは夏月を自分の胸元に引き寄せ、薄汚い少年達を睨みつける。
「ガキはおとなしく家に帰って、マスでもかいてやがれッ!!」
怒鳴られ、殺気すら籠もる眼に睨まれて、少年達は一瞬声も出なかった。もともと彼らは、自分より強い者と咬み合う勇気は持っていない。弱い者はとことんいたぶり、なぶりものにするが、強い者にはすぐに尻尾を振って媚びを売る。その差を敏感に読みとる。
彼らを恫喝するには、真っ直ぐにその眼を睨みつけるだけで充分だった。
夏月も驚いていた。ギイがこんな男言葉を使うなんて、初めてだった。
その隙に、ギイは強引に夏月の身体を抱き、歩き出す。
「ギ、ギイ……」
ギイに引きずられながら、夏月は彼の顔を見上げた。けれどギイは、名前を呼ばれても返事をしようともしなかった。
坂の入り口に路上駐車してあったミニクーパーに、夏月は無理やり押し込まれた。ギイも運転席に乗り込み、ステアリングを握ると、かなり荒っぽくドアを閉める。
「怒ってる……の……?」
「当たり前でしょ」
「だ、だって……。だって、あたし――」
これ以上ギイに迷惑をかけたくないから。こうすることが、ギイのためだと思ったから。だから何も言わずに、マンションを飛び出したのに。
「だめなんだよ! ギイのとこにいたら、だめなんだってば……!!」
だが、
「黙んなさい」
低く、ギイは言った。
「それ以上何か言ったら、ほんとにひっぱたくよ」
真っ直ぐにフロントガラスの向こうを見つめたまま、夏月の方を見ようともしない。
小さなミニクーパーは、そのまま夜の街を走り出した。
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