第1章

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一人でいてもいつ帰ってくるのか気になって何にも手が付かないような気がしたので松浦は運転手を志願した。 宮倉もそのつもりだったようで軽く頷いた後「出る前に他の部屋も見ていいか?」と普段あまり見せない笑顔で松浦に聞き了承を貰うと脱衣所の方に歩いて行った。 「ここは?」 リビングでコーヒーカップを片付けていた松浦が様子を見に行くと宮倉がもうノブを回しもう後は押すだけの扉を顎でしゃくった。 「あ、そこは、だめ!」 「え?」 「そこは僕の部屋で、き、汚いからだめ」 眉根を寄せた宮倉と扉に入り込んで胸を押した。 自分の部屋の掃除を忘れていた、いや忘れていたというよりもまさか宮倉が自分の家に興味を示し見回るなんて思っていなかった。 おずおず見上げるとじっと見つめ返され耐えられなくなって目を反らした。引き結んだ唇が「じゃあいい」と言うまでそれから三十秒は掛かった。 宮倉のマンションは客用の駐車場がないそうで、松浦は車中で待機していた。 土曜日にこっちに来たのは初めてだった。松浦の家の方向からの道は渋滞していて思った以上に時間が掛かった。 いや土曜日だけじゃない、あまりこの辺りに縁がなかった。 宮倉の住所は知っていたし、この辺りは営業車で通った事もあるがそれこそ休日にここらを徘徊し始めたらもう自分はヒトとして終わりだという認識はあった。 自分の中で平日の朝にちょっと足を伸ばし駅まで好きな人の姿を見に行くというのは一般的に許容範囲で、それ以上は駄目だと思っていた。 まさか二人で来る事になるとは、ここから一人で帰った時だって思わなかった。 車中は寒く、一度切ったエンジンを松浦は再び掛ける。 ゆっくりと暖風がベンチレーターから噴き出してくる。 エアコンの利きが悪くなっている気がする。もうこの車も古い。二番目の兄が確か10年近く乗っていたものだから。 そのうちに買い替えを検討するか……そう思っていたらこんこんと窓を叩かれた。 見ると宮倉で肩に大きなボストンバック、その手にはもう一つパンパンに膨らんだトートバッを持っていて反対側はハンガーにかかったスーツを数着持っていた。 「あ、ちょっと待って」 思っていたより大量の荷物を抱えている宮倉に驚いて松浦は車外に出ると後部座席のドアを開いた。 スーツを座席に掛けた宮倉は持っていたバック二つも中に置いた。
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