第1章

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旅行の帰り、体調が悪いと言った松浦の代わりに運転したのは宮倉で、自分よりはるかに運転が巧かった。 どこか行きたいところがあるのかもしれない。 「しかし……ここ凄いな、高いんじゃない?」 「……ここはもともと父の持ってた所だから」 「……お坊ちゃんだって山下さんが言ってたけど、本当だったんだ」 「そんな事ないよ。行こうか」 宮倉を促してエントランスに入る。 エレベーターに乗り込んで、気が付かれないように宮倉をちらりと見る。 左の肩に黒いバッグを掛けている。 あんまり大きくはない、もしかしたら泊まらなくて良くなったのかもしれない。 あんなに緊張して、了承したことを後悔した瞬間もあったのに、松浦は落胆を覚えた。 なんだかんだ考えながら楽しみにしていた自分にようやく気が付いた。 エレベーターを降りると宮倉はきょろきょろして言った。 「この階、松浦さんちだけじゃないよね?」 「うん、もう一軒あるよ。あ、一軒っておかしいかな」 宮倉を見るとまだ首を左右に振っている。 多分隣の玄関を探しているんだろう。 「あのエレベーター両開きで、反対側に隣があるからここからは見えないよ」 「…こっちは松浦さんとこだけなの?」 「うん」 部屋の前について鍵を開き中に招き入れた。 暖房を付けたまま出てよかった。 冷えた宮倉をいち早く温められる。 宮倉が持ってくれていた袋を受け取りダイニングテーブルに置いて松浦はコーヒーメーカーをセットし、その間宮倉はリビングを見回していた。 暫くそうしていた宮倉だったが眺めつくしたのかゆっくりとした動作でマフラーを外し始めた。 「あ、かけようか」 ソファに置かれたマフラーを取り上げ松浦は「こっちに部屋があるんだ」と宮倉を目線で促した。 リビングを出て北東の部屋の前に立つ。 「この部屋、使っていいから」 ドアを開き「どうぞ」と後ろをついてきた宮倉を招き入れて、松浦はクローゼットを開いた。 「コート、掛けるならここ使って」 五つ用意していたハンガーの一つにマフラーを掛けた。 ここでも部屋の隅々を見回している宮倉に少し笑う。 「この部屋、好きに使っていいから。ベッドも使えるようにしてるよ」
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