第1章

10/22
前へ
/43ページ
次へ
いつもより早く家を出た。 普段はいちいち人目を気にする松浦が「一緒に通勤するのはちょっと、」とぐちぐち言うから通勤は先に準備の整った方から家を出る。 馬鹿馬鹿しいと思う。 男が二人でいたって別に不思議はないしいちいち他人の行動をチェックする程みな暇じゃない。 堂々としていればいいだけの事なのに自分の性癖に負い目を感じている松浦はちょっとした視線にも敏感だ。 息苦しいだろうと思う。 けれどそれは宮倉にはどうしてやることも出来ない。 松浦自身が意識を変えなければそれはどんなに言葉を尽くそうと楽にはならない。 自分といて、少しでも変わればいいと思った。 だけど……まあ、やり方を間違ってしまったけれど。 表面上のアソビを繰り返しすっかり大人になったと思いこんでいた。 思っていた自分と感情が高ぶった自分は大きく隔たりがあった、かっと身体を駆け上がる性欲を我慢できなかったし嫉妬に駆られ後先考えない行動をして松浦に逃げる事を選ばせてしまった。 バスを待つ間意地悪して松浦と同じバスに乗った時のことを思い出した。 バスに飛び乗った時の松浦の驚いた顔。 大きい目を更に大きくして口はぽかんと開けていた。 素知らぬ振りで松浦の隣に座り素知らぬ振りで手を握った。 頭を下げて耳まで赤くした松浦は「馬鹿」と呟いた。 振り払われるだろうと思っていたが松浦は手を握り返してきた。 他の乗客をキョロキョロと見回しながら。 つい口元が緩んで慌てて引き締めた。 今日松浦は出張から戻る。 社に寄らないなんてことは絶対無い。そういう事が出来る人じゃない。 そこを掴まえる。 場所を選んでいる暇はない。
/43ページ

最初のコメントを投稿しよう!

401人が本棚に入れています
本棚に追加