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「我々としては大変戸惑いました。しかも子供もいると言うじゃありませんか。大変言い難いことなのですが、父母はあなたに疑念を持っております。紗奈を誑かし子供を盾に財産の一部を要求してくるんじゃないかと、ね」
「そんなっ!」
俺は大声で叫んだ。
そんなつもりじゃない、ただ結婚するのに相手の顔も知らないんじゃ、紗奈の家族もきっと心配すると思ったからだ、それが当然だと思ったからだ!
「そうでしょう、私も白井さんはそんな事、お考えではないともちろん分かっております。ただ父母はね。ですから、これを」
開人は胸から一枚の紙を取り出した。
折りたたんだそれを丁寧に広げこちらに差し出した。
「これは……」
「相続放棄の書類です。ここにサインをいただけますか?……紗奈は松浦を出た人間です。これが、松浦家の総意です」
「え……」
ちらりと紗奈を見ると紗奈は差し出されたペンを手に取り署名した。
「いいのか?」
「ええ、これを書きに来たんだから。あなたも書いて」
「お、おう」
俺、紗奈と胎児、そして今後誕生するかもしれない不確かな生命の権利もそこには放棄すると書かれていた。
書き終えると寛人は横からその書類の写真を撮り「じゃあね」と帰っていき開人はホッとした表情を浮かべた。
「これで両親はあなた達の結婚を認めることでしょう」
帰り道、紗奈はぽつりと「悪かったわね」と言った。
表情の抜け落ちた貌を窓から離そうとはしない。
膝の上に無造作に置いた手はだらりと脱力していて、それが今の紗奈のようだと思った。その手をとり握る。
「紗奈には俺がいるだろ?」
「は?」
「赤ちゃんだっているだろ、唯ちゃんもいるしちょっとうざいが俺のかーちゃんもいるし、紗奈んとこの店長だって、まるちゃん達だって、……」
「ああ、……うん、同情してくれてるの?大丈夫よ、私はもう慣れてるから。そっちこそ大丈夫?」
「ああ、俺はかなりごうごうきてるぜ!絶対紗奈を幸せにしてやるってまた思ったぜ!」
紗奈がやっと窓から顔をこちらに向けた。
そして顔を歪める。
「なんで泣いてんのよ?」
「……っ!い、いいだろっ!……なんなんだよ、あれ、あの反応、ないだろ?娘と孫だぜ?紗奈だって泣きたいだろ?もう俺たち家族だから一緒に泣いてやってるんじゃねーかよ!」
「私別に……」
紗奈は呆れたようにそこまで言うとふっと笑った。
「あんたのそういうところ、好きよ」
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