第1章

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あの時期、家は色々と大変だった。 証券会社に勤めていた父がアメリカで事故に遭ったのは中学一年生の時。 多分父は出世頭だったんだ思う、家はわりと裕福だった。 自分達も父とともにアメリカにいてその当時の事はよく覚えている。 父の亡きがらに縋り泣き崩れる母。まだ小学一年と園児だった弟達は母の姿に呆然としていた。 一家は父の死をきっかけに日本に戻ってきた。 母はごく普通の家庭に育った女性だったが結婚した父の収入が良かったせいか金銭感覚がおかしかった。 日本に帰ってきた時、我が家には貯蓄がほとんどない状態だった。 そう言えば良く両手に余るほど買い物していたし習い事も山ほどさせられた。 いつもきれいな格好をしていたし、流行のものは何でも持っていた。 それだけ金遣いが荒かった、ということだろう。 最初の一年は憔悴していく母の代わりに年齢を詐称し朝も夜も働いたがある時やっと母が現実を受け入れ働き始めた。 母のおかげでバイトを減らし帰りの遅い母の代わりに家事を一手に引き受けた。 英語が出来るおかげで高校は特待生枠で入学出来たし、母も英語は得意だったので父のようにはいかないが一家が何とか生きていける程度の収入はあった。 父が亡くなり嵐のような目まぐるしさが過ぎやっと落ち着いた暮らしに一家が安堵した時だった。クラスメイトに告白された。恋なんてそれまで考えたこともなかったし、申し訳ないことだがその子の事を好きだと思ったことは無かった。 でも自分は断らなかった。 理由はその子の手が震えていたからだった。 震えるほど必死だったのかと思うとその気持ちが可愛らしく感じた。 家事で忙しかったし休日は自分もバイトを入れていたのでどこかに遊びに行くことは出来なかった、二人で会うのは学校からの帰り道だけだった。 ただ、歩くだけ。 彼女は俯き顔を赤くしてただ隣を歩いている、特に共通の友達がいる訳でもない二人だったから話題が無く、自分から話し掛ける事はほとんどなかった。 お喋りではない彼女がごくたまに自分について聞くことはあったが答えたらまた沈黙が訪れる。 少し話した後彼女を見ていると赤い顔を更に赤くして目が合うと困ったように笑う。 そしていつも手が震えていた。 そんな様子を見ているとそれだけで本当に癒された。 好かれていると実感できた。
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