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「あんた、今でも毎日こんな恰好してんのか」
言いながら俺の足元から頭の先までをジロジロ見てくる。
今日は黒い麻のパンツにTシャツ。
夏真っ盛りなのだ、これくらいが涼しくて良い。
「そんなの今に始まったことでもなくて、ずっと前からこうだったんだ。ださいって気づいてたなら教えてくれれば良かったのに。よってお前にも責任がある」
「芸能人のくせにあまりにも普通の恰好してるからこだわりねえんだな、とは思ってましたけどね……だせえとは思わなかったな。あんた別嬪でスタイル良いから何でもきまって見えるんだ」
「じゃあどうしてこんなことに……!」
「目の肥えた芸能界では没個性的なファッションは評価し難いってところでしょう。妙なこだわりでもそれがファッションだって言われれば、まあそうなのかってなりますからねえ」
ポンポン、と頭を撫でられる。
おい、それで慰めてるつもりか。
「湯が溜まってますよ。風呂入ってきたらどうです」
「うん、そうする。その間にせいぜいヤリ部屋綺麗にしておけよ」
「そのヤリ部屋ってのはやめてくれ」
うんざりしたように額に手をやる姿を見て、意地の悪い俺は少し気が晴れてきた。
これは立派な八つ当たりである。
浅野には申し訳ないが、今物凄くくさくさしているのだ。
浅野は一か月ほど前にとうとう引っ越しをした。
前のアパートよりは会社に近く、俺のマンションからは駅にして2つほどの距離がある。
引っ越しを決意した理由は2つ。
一つ目は、単純にそろそろ違うところに住みたいと思っていたから。
そして二つ目が問題だ。
その理由については奴の言葉を引用しよう。
『七瀬さんとゆったりできるベッドを置きてえ。今のアパートじゃちっと手狭だ』
そんなわけで、奴の念願叶って1LDKの部屋の寝室にはダブルベッドがででーんと設置された。
寝室にはベッドの他に特に物がないので、俺は初めてその光景を見せられたとき、つい『ヤリ部屋か』と口が滑ってしまったのだ。
お互い時間が合わなくて、ヤリ部屋に来るのはこれが2回目だ。
まだ寒い時期に俺たちは自分たちの関係に名前を付けた。
それからも相変わらず頻繁に会えるわけではないが、満足している。
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