ある片想いのカタチ

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一人、車椅子でいつも本を読んでいるおばあちゃんがいました。 本といっても英語で書かれたディケンズの二都物語とかいう本の原書でした。 それも何十回も読み返したらしくボロボロになった本でした。 私も中学生か高校生の時に読んだことがありますが、もちろん日本語です。 多分、昔、英語に通じる仕事をしていた人なのかなと思いました。 大変気難しい方なので、積極的に彼女と係わろうとする患者さんはいませんでした。 介護をする方も気を遣っていて、あまり打ち解けることができなかったようです。 回診の先生には英語で質問をしていて、さすがに先生も応対に苦労したようです。 私たちの手落ちで何かひとつでも間違えると、彼女の気難しさは一層激しくなって、 そうなるとベテランの介護士でも手がつけられません。 食事が冷たいといって一週間もハンガーストライキに入られた時は、 私が代表して土下座して謝り、なんとか食事をとってもらうようにお願いしました。 入浴の温度の設定を39.7度にしないと入浴はしません。 41度にした介護士は、二度と彼女の部屋に入室を許されることはありませんでした。そのおばあちゃんに身寄りはないらしく、私が知る限りでは誰も訪ねてきた記憶はありません。英語の原書を広げる以外、車椅子に座り窓から外を眺めるのが日課だったのが、最近はベッドの上に横になっていることが多くなってきました。 体力のこともあるので、オムツをさせていただこうとしたのですが、 これは断固拒否されてしまいました。 プライドの高い人にはありがちなのですが、一度、失禁してしまったことがあって、 その時、余程ショックだったらしくて、唇を噛み締めて涙を浮かべながらブルブル震えていたのを覚えています。
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