ある片想いのカタチ

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寝たきりが続いていた静さんが、車椅子で庭を散歩するようになったのも それから間もなくです。 同伴しているのはいつも穣くんです。 静さんの身の回りのお世話は、穣くんが殆どを占めるようになりましたが、 入浴には立ち合わせることは決してありませんでした。 12月に入って急に冷え込む日が続くようになり、心配していたことが起こりました。最近、何故か夜更かしをするようになった静さんが、風邪を引いてしまいました。 39度以上の熱が出てうなされる状態が続きました。 穣くんはそんな静さんを心配して、二日二晩付きっきりで看病していました。 私は、50歳ほども年の差があるこの二人の関係がちょっと羨ましい気がしました。 えっ、これってもしかして私、妬いているのかな、まさかと心の中で何度か打ち消したものの、枕元で静さんの手を握りしめて心配気に見つめている穣くんがちょっぴり 憎らしかったのは本当です。 今、考えても恥ずかしい限りです。 4、5日後には静さんの体調も快方に向かいホッとしましたが、 2、3キロは痩せてしまい、元々痩せていた静さんはさらにか細く見えます。 クリスマスも近づいて、施設長の提案で何か趣向を凝らし、イベントみたいなものを やってみようかということになり、イブの前日にミニコンサートをやることが 決まりました。 私がフルート、施設長の織田さんがベース、患者さんの娘さんがバイオリンの三重奏です。 私もフルートはここ一、二年、手にしてなかったので必死で練習をしました。 イブの当日は患者さんも何故か心浮きたつ感じで、夕食のケーキタイムに5曲程クリスマスに因んだ曲を演奏しました。 みんなうっとりと聴き惚れてくれた顔を見て、まんざらでもない気がしたのですが、 ひとつだけ気になることがありました。 穣くんが欠勤していたことです。 このところ働き詰めで、長い間休日をとらなかったので、穣くんが休みをとることに施設長も反対はしませんでした。 でも、穣くんのいない時間を過ごすことの出来ない人が一人いました。 それは静さんです。
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