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穣くんが出勤しなかったイブの一日、静さんはずっと部屋に閉じこもっていました。
コンサートにも顔を出すように勧めたのですが、それも拒まれました。
それどころか食事にも殆ど手をつけませんでした。
車椅子姿で机に向かっていたという同僚の話を聞いたのですが、
部屋に入ることも許されませんでしたので何をしていたのかはわかりません。
でも、その夜が静さんとの最後になってしまいました。
寒い夜でした。夜半になって雪がチラチラ降り出したのを覚えています。
朝方、施設の表の大きな楡の木に凭れかかるように座っている静さんを発見したのは、他ならぬ私でした。
雪が静さんの全身を白く覆っていて、なぜか赤く引かれた口紅とのコントラストが
あまりにも鮮やかだったのを覚えています。
無我夢中で静さんを部屋に運び入れた後も、心配停止状態の静さんを見て、
私はショックと悲しみがないまぜになったパニック状態で取り乱していました。
遅番で出勤してきた穣くんも静さんの突然の死を知らされて、茫然としていました。
体についた雪が溶けた後に、静さんは少女のような花柄のワンピースに、
三つ編みにしたお下げの髪をして、真紅のルージュを引いていた姿でベッドに横たわっていました。
その夜、私は穣くんにある物を手渡しました。
静さんが最後の最後まで握りしめていた折り鶴です。
その折り鶴は雪のせいで大分萎れていましたが、その折り鶴にはびっしりと文字が書き込まれていました。
すぐに穣くんはそのことに気がつき、折り紙を解いて読み出しました。
みるみるうちに穣くんの眼に涙が溢れてきました。
折り紙を持つ穣くんの手元が微かに震えていました。
私は知っていました。
私は静さんの折り鶴に書かれた文章を少し前に読んでいたのです。
そこにはまるで16、17の少女かと思う程の純真で狂おう程の愛に満ちた言葉が散りばめられていました。
ラブレターでした。
穣くんへの初恋の想いをひたすら書き連ねた恋文だったのです。
静さんの夜更かしの理由がやっとわかりました。
静さんの遺品の中にも届けられなかった手紙の数々がたくさんありました。
それは全て穣くん宛でした。
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