壱・『失せ物』編

20/34
前へ
/58ページ
次へ
「あぁ、頼んだ。きっと俺より、平人の方が良くやるだろうから。…頑張れ」  手をひらひらさせてどこか投げやりにそう告げると、席を立ってドリンクバーに向かっていった。 「俺も取ってこようかな…」  呟いて、平人も席を立った。  テーブルの上にあったハンバーグやピザ、サラダ、フライドポテトはだいたいなくなっていた。 何か取ってくるかい、と平人は歌うように智貴に聞いたが、待ってる、と首を降った。 長めの髪が揺れて形の良い切れ長の目がちらりと覗いた。 (髪の毛切った方が格好良くなるし、印象も良いだろうな)  そう思ったが、言わないでおいた。  ドリンクバーに着いた平人が楽しそうに千穂の隣に立って 「ねぇ、千穂。まだ言うことあるはずなのに、隠すとは酷いじゃないか。…俺と君の仲なのに」 「気分が悪くなること言うな。何もない」  大げさに身震いしながら千穂が答えた。  じゃあさ、とグラスを持った平人が千穂の肩に手を置き耳もとで囁く。 「もしかして智貴くんって柔道仲間かい?」 「どこでそれを知った?」  言外に、もう聞くな、というプレッシャーをかけつつ低い声で千穂は言った。
/58ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加