壱・『失せ物』編

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 数日後、深夜二時頃。  冬に近付く夜風が、明かりが点いているだけで人気(ひとけ)のない冷たい校舎や葉の落ちかけた寒々しい木々を揺らしていた。 足もとにある落ち葉が風に運ばれて、カラカラと音をたてながら適当な場所で止まる。 そうして出来上がる色とりどりのカーペットは、寒い夜でもほんの少し秋を感じさせた。  校内には研究者用の泊まる場所があるが、研究室などで寝泊まりする面倒臭がりもいる。  だが深夜…、それも丑三つ時とあれば誰一人姿を見せることなく静まり返っていた。 真夜中の校舎は闇に溶けて黒々としていて、どんな者も飲み込んでしまいそうなほど不気味だった。  そこへ、今まさに入って行こうとするウェーブがかった少し長めの茶髪を後ろで結ぶ高身長の不審者…、もとい平人がいた。 藍色のキャップを目深(まぶか)にかぶり、薄手のコートに黒系のボトムといったラフな格好をした平人は、片手に最新式のスマホを持って誰かと通話していた。  その通話相手はもちろん千穂。スピーカーモードにしたスマホに向かって大声で話していた。 聞いている人はまるでいないが、平人の声は人気のない校内に響いていた。
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