壱・『失せ物』編

29/34
前へ
/58ページ
次へ
「…返せ、って言ってんの!」  ビンタ。  バシン、と重く響いたそれは、時間を止めた。 『あーあー』  ポケットにある通話状態のスマホから、息づかいのような、微(かす)かなため息が聞こえた。 「お前、死にたい? 殺されたい?」  無言で首を振り続ける少女。どうやら悪いことをした、とは思っているようだ。 「ごめ、なさ…」 「ん?」  笑顔。それはもう、満面の笑み。 「あ、…ああ、ご、め…すみませ……、許し…」 「ん? そう?」  じゃあさ、と楽しそうに平人は口を動かす。ぺろり、と赤い舌が妖艶に動き回った。  その続きを、震えながら待つ少女。  そして、呆れつつも状況を推測し、聞くことしかできない青年。 「…謝りにいこうよ、みんなに。今からでも遅くないんじゃないかな?」  今にも歌い出しそうな雰囲気の楽しそうな台詞に、混乱しながら少女はおそるおそる聞いた。 「遅く、ない…?」 「ええ。貴女にそのつもりがあるなら、その手伝いを致しますよ」  ここへきて、好青年の微笑が戻ってくる。  そのため、女子学生は気付かなかった。  言葉の裏の真意に。
/58ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加