壱・『失せ物』編

33/34
前へ
/58ページ
次へ
 平人と千穂の今日の講義は、昼からだ。 楽しそうに、けれども、それを悟られないように、騒動の最中へ、のっそりとした動きで近付いていく。  時間に追われる学生と、それをもて余す学生たちで人いきれを作っている科学館。 彼らの目の前の机には、ストーカーによって盗まれた物が、彼女の(平人にいびられて涙ながらに謝った時の映像による)謝罪と共に並べられていた。 「なんで、どうして?」  少女は気付かない。  自分が注目を浴びていることも、彼女の背後に忍び寄る人にも。 「…ねえ。どうしてか、知りたい?」  耳もとで、平人は聞いた。  その顔は、笑顔だった。  片付けないと、と微笑を浮かべる平人はやはり、とても楽しそうだ。  騒ぎを聞きつけてやってきた教授も、 「許可をとってやっていることです」  と言う千穂の言葉に、何も言えなくなっていた。  それでも、君たちは~、といちゃもんをつける教授陣には、 「犯罪者に罪の意識を持ってもらうための行動です。それとも、警察呼ぶべきでした?」  と言う平人に、もう反論の言葉はあがらなかった。
/58ページ

最初のコメントを投稿しよう!

9人が本棚に入れています
本棚に追加