壱・『失せ物』編

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 平人はわざとやったくせに千穂の雰囲気に根負けして頭を掻きつつ謝った。 「ごめん」 「…………」  千穂は舌打ちをすると押し黙ってしまった。 そして平人から目線を外してヘッドホンをかけ直し、そのまま彼を無視して歩き出した。 平人は困った顔をしつつも千穂の隣を追いかけた。  こんなのは彼らの間ではよくあることだった。  平人は千穂を見て苦笑いをしながら 「どうすれば千穂が…」  なんて言っていたし、千穂もまた事態を楽しんでいるらしくその口元は緩んでいた。  何だかんだ言っていても、この二人は仲が良いのであった。  それにしてもこの忙しい一限前の時間帯なのに、彼らに好奇の目を向けるものが多く、千穂達が有名人であることがうかがえた。 彼らが目立ちすぎている理由は彼らや大学内に渦巻くうわさのせいだったりするらしいが、その理由は多様だ。 とにかく彼らが凄いのだ、と千穂や平人を知る人は口をそろえてそう言う。 当事者の二人はそれをどうでもよさそうに流しているが。  もうすぐ一限めが始まる時間だからか、大学構内に入った彼らの前後を、同じようにして早足で歩いて行く人がたくさんいた。
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