譚ノ壱 秋宴

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陰陽師と式神という、当事者でなくては分からない厳しい定めは、単なる好奇心や我欲のために乱されてはならない。 忠麿の言葉に、異界に隠形{おんぎょう}している2柱の式神、紅旋{こうせん}と孔雀{くじゃく}が激しく賛同の意を表明するのが、紫翳に届いた。 『これだから人間の好奇というものは嫌いなんだ。もっと言ってやれ、忠麿!』 『皇族連中には碌な奴らがおらん。不愉快極まりない』 言うまでもなく、前者が紅旋、後者が孔雀である。 陰陽頭から直々に断られては、それ以上の無理強いは中宮と言えど、迂闊にはできない。陰陽師という存在が政{まつりごと}に齎す影響は、それほどまでに強いのだ。 すると、中宮様のご気分を害しては事と危ぶんだのか、右丞相は続けざまに口を開いた。 「なれば仕方ない。せめて冬霞殿、舞の一差しでも披露してはもらえぬか」 (……は?) 表情{かお}にこそ出さなかったものの、紫翳は呆気にとられて、頭の中で同じ言葉を繰り返した。 (せめて舞の一差しでも披露?) つい先ほど、内大臣様が、それはそれは見事な舞を披露なさったばかりである。 そんなところへ紫翳ごときがしゃしゃり出ようものなら、都一の色男たる内大臣様に魅了されている女房たちからのみならず、ご列席の貴族からも大顰蹙{だいひんしゅく}を買うことは明らかだ。 (……ははぁ、なるほど) つまり、それが狙いだ。 右丞相・多部惟為{たのべの これため}は、多部一門の名にいかにも相応しい、人一倍自尊感情の強い性格だ。 多部一門とは不仲で有名な錦小路{にしきこうじ}家のことを毛嫌いしており、内大臣・錦小路貴宙{にしきこうじ たかおき}を目障りだと感じている。 ついでに多部一門らしく紫翳のことも嫌っているので、疎ましい2人を同時に貶める好機の到来というわけである。
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