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なぜここで、あの忌々しい男の名が出るのかと、不愉快げに眉をしかめた晟雅の袖に、雪乃が取り縋った。
「鬼女は、冬霞様を探しているのです! 『冬霞紫翳を出せ、喰ろうてやる』一度だけ、はっきりと、そう言っていました」
「な、に……?」
あの男を探し求める鬼女、だと……?
(あの馬鹿……今度は、何に狙われている!?)
明けて、翌日。
大内裏は朝から大変な騒ぎだった。
「なんですって!? 千衒様が捕縛された!?」
驚愕のあまり立ち上がった晟雅を、厳しい顔で風斎が見上げている。
「昨晩、都の外れで火事があっての。そこは千衒の管理しておる卯木家の別邸でな、しかも焼け跡からは、禁断の呪法会{じゅほうえ}の痕跡も見つかったのじゃ」
「ば、馬鹿な!……」
ありえない。一体、何が起こっている!?
雪乃を襲った鬼女は大内裏にも現れたと言うし、錦小路邸にも鬼女が押し入ったというのだ。
その上、卯木家の別邸が火事だと?
たった一晩で、何があったと言うのだ。
「紫翳の許にも遣いを出したのじゃがのぅ……紫翳に辿り着けずに戻ってきてしまった」
「な……」
一体、なんなのだ。
たった一晩で、何があったと言うのだ。
「千衒様が使われたという呪法会とは、なんなのです?」
「うむ、現場を検{あらた}めたのは忠麿様と資久殿なのじゃが、どうやら荼吉尼天法らしいのじゃ」
「荼吉尼天法!?」
人間の心ノ臓や生き肝を喰らう夜叉女。その名は荼吉尼。
一度祀ったなら自らの命と引きかえに、最後までその信仰を受持することが必須である、と風斎は言った。
もしその約束を違{たが}えたなら、その修法を止めた途端に没落する、あるいは災禍が齎らされることとなる。
つまり、荼吉尼を祀ること、それ自体が外法なのだ。
「では、昨晩、雪乃の許や錦小路邸を襲った鬼女というのは……」
「うむ。恐らく、荼吉尼じゃろう」
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