譚ノ壱 秋宴

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『やめておけ、人間。どうせ碌なことにならないぞ』 孔雀は厭わしげに制するが、好戦的な気質のもう1柱が、それで納得する筈がない。 『いいや、紫翳。ここは受けて立て。幸いにしてお前の舞の才は、そこらの貴族などより秀でているだろう』 と、今にも顕現せんばかりに煽り立ててくる。 頭の中の勝手な意見は無視して、紫翳は直接の師たる風斎に判断を仰いだ。 風斎は紫翳にだけ見えるように「仕方ないのぅ」と笑ってみせると、次には少しばかり厳格さを装って、紫翳の肩を叩いた。 「中宮様のご所望じゃ。一差し披露致せ」 「──されば」 紫翳が立ち上がろうと体勢を変えた瞬間を狙って、晟雅と風斎が同時に耳打ちしてきた。 「「手を抜くなよ」」 こちらの性分を知り尽くした〝助言"に、紫翳は小さく頷くことで返し、扇を懐から抜き出した。 宴席の中央に設{しつら}えられている舞台へ上がる。 惟為から少し離れたところに、多部家嫡男・国実{くにざね}の姿が見えた。 「何を舞われまするか」 弾き手たちが問うてくる。 「よしなに」 紫翳はかなり粗雑に答えて、体勢を整えた。 ゆぅるりと流れだす音曲に合わせ、紫翳の細い体が踊り出す。 いみじくも紅旋が言ったように、紫翳は舞の才にも恵まれていた。 流れるような軽やかな動きに、宴席が魅了され、静まり返る。 紫翳の場合、舞を捧げる相手が人間ではないだけに、その動きのひとつひとつに、媚びや含みが何もないのだ。 紫翳が舞を捧げる相手は、後にも先にも神のみだ。 思えばそこに神在りと父や風斎から教わってきた彼は、その心を忘れたことがない。 内大臣を打ち負かそうという悪意も、右丞相を見返してやろうという気概もない舞には、彼の誠心のみが籠められているのだ。 風に乗ってはらはらと舞い落ちる楓の葉が、彼の躍りに色香を添える。image=497445144.jpg
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