譚ノ壱 秋宴

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猫目石が厨の裏手へ飛んでいく。湯の支度を整えに行ったのだろう。 酒を垂らしながら畳に上がるわけにもいかぬので、紫翳は庭に突っ立って、猫目石が戻るのを待つことにした。 雑鬼がわらわらと群がり、紅旋と孔雀まで顕現してくる。 「だいじょ──うはぁっ! 臭ぇよぅ!!」 「だから言うたのだ、人間。碌なことにならぬからやめろと」 「そう目くじらを立てるな、孔雀。俺の目論み通り、連中の鼻を明かしてやれたではないか」 「そういう問題ではないだろう。結果、斯様に頭から酒を被る羽目になっては、本末転倒も良いところだ」 「何? 酒を引っかけられてきたわけ? 禁中の奴らって、よっぽど暇なのね」 口々に痛烈な批判を飛ばす彼らは、酒臭さに怯んで退散した雑鬼を除き、いずれも紫翳の式神{しき}である。 藍色に輝く短髪と青い眸を持つ孔雀は、水{すい}を性{さが}とする異界の式神で、褐色の肉体に天に逆向く赤い髪と金色{こんじき}の眸の紅旋は、火{か}を性とする異界の式神である。 大きな猫目と顎の高さで切り揃えた黒髪を持つ猫目石、茶色の髪を頭の一部で結んでいる鶫は、使役の式神だ。 黒い毛の塊のような姿で単純な造作の手足を生やしているのは、紫翳が幼い頃から冬霞邸に棲みつく雑鬼どもである。 「大体よぅ、なんで頭から酒なんて引っかけられることになったんだよぅ?──うはぁん、臭ぇよぅ」 「ただ宴に出席しただけで酒を引っかけられるくらいなら、今年の春の宴の時の仕打ちのが、まだ易しかったってもんだよぅ。──それにしたって臭ぇよおおおぅ!」 臭い臭いと言いながら、紫翳に近付いては離れを繰り返す雑鬼どもに、紫翳は小さく笑った。 「あまり臭い臭いと言うてくれるな。それは私がよく分かっている」 「臭ぇもんは臭ぇよぅ。お前はあんまり酒をやらないから、余計に臭ぇんだよぅ」 どこに鼻があるのか定かではない体の作りをしている雑鬼どもだが、嗅覚がないわけではないようだ。
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