譚ノ壱 秋宴

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「春の宴の仕打ちだって、ひどいものだったじゃない。思い出すだけでも腹が立つわ。今回は、あんなふざけた真似、されなかったでしょうね」 両の腰に手を当て、鶫が顎を上げて紫翳に言い放つ。 紫翳は髷の隙間から地肌に降りてきた酒の感触に眉をしかめながらも頷いた。 「さすがに、私もそこまでお人好しではない。新しく入れ替わった陰陽生と守辰丁{しゅしんちょう}に押しつけて、私は早々と床{とこ}に就いた」 「そうよ。それで正解よ。今度あんなくっだらない真似したら、ふん捕まえてやればいいんだから」 鶫が繰り返す〝ふざけた真似"というのは、今春の宴の折に紫翳が受けた、全くもって低俗な嫌がらせのことだ。 禁中の宴の場の見張りを、夜もすがら紫翳1人に押しつけて他の連中はしらっと行方を眩ませたのである。 しかも、一睡もせずに見張りを続けた紫翳の席は宴の場に設けられておらす、公達{きんだち}どもの冷やかしの格好の種となったのだ。 ──尤も紫翳としては、そんな面倒臭い席に出席しなくて良いのは諸手だったので、これ幸いとあっさり帰邸させていただいたわけだが。 「思えば、あん時はまだ、紫翳と晟雅は仲良しだったわけでもねぇのによぅ、よくぞ晟雅が腹を立てて様子見に来てくれたもんだよぅ」 「今でも仲良しだとは思っておらんが?」 「ぐへぇ。またそんなこと言うのかよぅ」 雑鬼の言うとおり、紫翳が受けた仕打ちに腹を立てた晟雅が、宴ののちにわざわざ訪ねてきてくれたのだが、大して仲が良かったわけでもないのに、何を思って訪ねてきたやら。 あのお人好しの考えることは、まるで分からん。 「また今回も、来てくれるんじゃない?」 苦笑する紫翳を余所に、鶫は嬉しそうに笑っている。 「そう毎度毎度訪ねて来られても、面倒極まりないが」 「そんな言い方ばかりをして、嫌われても知らんぞ」 紅旋が呆れた風を装って、形だけ咎める。
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