譚ノ弐 役職

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(おや。あれは) 宴の翌日。 出廷からの帰路。待てど暮らせど姿を見せない舎人{とねり}を待ち飽いて歩き出していた卯木千衒{うつぎの せんげん}は、前方に目障りなものを見つけてしまった。 抜きん出た長身と、反して細すぎる腰。 間違いない。あの背中は冬霞紫翳だ。 全く、なぜこんなところで、あんなものを見かけなくてはいけないのか。 物忌みにでも遭うた気分で露骨に顔をしかめた千衒{せんげん}だが、どうも様子がおかしい。 紫翳の足取りはふらふらと覚束ない上に、幾度も幾度も立ち止まる。 ようやく歩き出したかと思えば、再びふらついて足を止める。 酒に酔っているかのようではないか。 (妙な。昼日中に酒をやる男でもないのに) 千衒が後ろから見守ったままでいると、紫翳は大きくよろめいて柳に肩をぶつけ、とうとう蹲ってしまった。 「冬霞……!?」 さすがに驚いて駆け寄る。 「おい、どうした」 声をかけると、紫翳が面を上げた。顔色は蒼白で、額に冷や汗が浮いている。 「卯木様……」 答える声も苦しげで、逆にこちらが息が詰まる。 「ど、どうしたのだ、そんな顔色で。どこが悪い?」 一見して、ただ事でないのは明らかだ。 ところが紫翳は、眉間{まゆあい}に深い溝を刻みながら頭{かぶり}を振る。 「いえ……なんでも、ありません……」 これが何でもないように見えたら、千衒は早すぎる老眼を疑うべきだ。 「何か患うたか? そなたの舎人{とねり}はいずこに」 重ねて問いかけてみるが、紫翳は答{いら}えようともしない。 「お構い無きよう……どうか……」 犬でも追い払うかのような煩わしげな口調は腹立たしいが、生憎と千衒はこんな状態の後輩を見捨ててしまえるほど、薄情でもなかった。 彼はいかにも渋々といった溜息を吐くと、やおら膝を折って、紫翳の腰に腕を回した。
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