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(おや。あれは)
宴の翌日。
出廷からの帰路。待てど暮らせど姿を見せない舎人{とねり}を待ち飽いて歩き出していた卯木千衒{うつぎの せんげん}は、前方に目障りなものを見つけてしまった。
抜きん出た長身と、反して細すぎる腰。
間違いない。あの背中は冬霞紫翳だ。
全く、なぜこんなところで、あんなものを見かけなくてはいけないのか。
物忌みにでも遭うた気分で露骨に顔をしかめた千衒{せんげん}だが、どうも様子がおかしい。
紫翳の足取りはふらふらと覚束ない上に、幾度も幾度も立ち止まる。
ようやく歩き出したかと思えば、再びふらついて足を止める。
酒に酔っているかのようではないか。
(妙な。昼日中に酒をやる男でもないのに)
千衒が後ろから見守ったままでいると、紫翳は大きくよろめいて柳に肩をぶつけ、とうとう蹲ってしまった。
「冬霞……!?」
さすがに驚いて駆け寄る。
「おい、どうした」
声をかけると、紫翳が面を上げた。顔色は蒼白で、額に冷や汗が浮いている。
「卯木様……」
答える声も苦しげで、逆にこちらが息が詰まる。
「ど、どうしたのだ、そんな顔色で。どこが悪い?」
一見して、ただ事でないのは明らかだ。
ところが紫翳は、眉間{まゆあい}に深い溝を刻みながら頭{かぶり}を振る。
「いえ……なんでも、ありません……」
これが何でもないように見えたら、千衒は早すぎる老眼を疑うべきだ。
「何か患うたか? そなたの舎人{とねり}はいずこに」
重ねて問いかけてみるが、紫翳は答{いら}えようともしない。
「お構い無きよう……どうか……」
犬でも追い払うかのような煩わしげな口調は腹立たしいが、生憎と千衒はこんな状態の後輩を見捨ててしまえるほど、薄情でもなかった。
彼はいかにも渋々といった溜息を吐くと、やおら膝を折って、紫翳の腰に腕を回した。
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