譚ノ壱 秋宴

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どうにも、宴の席というものは苦手だ。 冬霞紫翳{とうかの しえい}は、他に参席している者らと比べ、明らかに少なく注がれた酒をちびりちびりと口に運びなから、その盃の影でこっそりと溜息を吐いた。 年若くして人嫌いで厭世家の紫翳{しえい}にとってみれば、弥が上でも貴族や官職の方々にご挨拶せねばならない宴の席など、拷問以外の何物でもない。 すぐ隣で、露骨に紫翳と目を合わせようともしない麿眉と楽しげに言葉を交わす晟雅{あきまさ}の様が、却って信じられない。 押しかけ親友を自称する宇山晟雅{うやまの あきまさ}は、紫翳とは正反対に社交にもそつがない。 ご苦労なことだ。 飲むべき酒も、食べるべき食事も、元より紫翳にはろくろく用意されていないので、さっさと暇{いとま}をしたいところなのだが、今日は桐鶴帝{きりづるてい}が開かれた宴なので、そこまでの無礼は許されない。 上座には、東宮・泉徳帝{せんとくてい}もおわすようで、泉徳帝つきの女房の姿が、御簾越しに少しばかり確認できた。 また別の御簾の向こうには、中宮・室の方{むろのかた}様と和子・肇秋院{ちょうしゅういん}もいらしている。 ここぞとばかり、普段は目も合わせないような者たちが、せっせと歩き回って挨拶を交わし合うのは、帝のご寵愛を少しでも自分に向けるためだ。 全く、ご苦労なことだ。 「どうした、紫翳。退屈か?」 声をかけられて面を上げる。 いつのまにやら、正面には師匠の有楽風斎{うらの ふうさい}が立っていた。 「さ、さ、飲め飲め」 どこから手に入れてきたのか、風斎{ふうさい}が酒で満たされた桐を傾ける。 盃でそれを受けながら、紫翳は苦笑を洩らした。 「師匠。あなたほどの方が、あまり席を離れて歩かれるものでもありますまい」 「固いことを言うな。同じ場所にずっと座っておると、腰が痛くなるのじゃ」
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