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「じゃあ朔くんは、俺たちに自分の行動を気付かせるように仕向けたってことですか」
『憶測の域を出ないけれどね。それが本当であれば、朔くんが私たちに求めていることは二つに絞られる。……消息が掴めるように最低限の証拠を残しておいたということは、私たちが介入する余地を与えたということでしょう』
「……朔くんがその、父親と一緒にどこかに行ったというのは」
『ここまで防波堤を気付いて行った朔くんなら、お父さんと会うことにそれなりの警戒心を持っていたはず。それでも着いて行く、どこかに行く、という選択を取ったのなら』
「戻ってくる可能性は、高いですね」
『居場所が分からない、それが父親であると百パーセントの確信が出来ない今、私たちに出来ることは待つことしか、ないでしょう』
マスターとの電話を切り、ソファに身体を沈めた。ずんと身体が重く感じるのは疲労のせいだろうか。
朔くんは、あえて永末さんの目に入るようにあの場所を選んだ。何かあったときの防波堤がそこだとすれば、俺たちは何かあったとき、何を求められていたのかは明白だ。
助け、の一択。朔くんは俺たちが何か異変を感じとったときに動き出し、助けてくれると信じて外に出たのかもしれない。他力本願すぎると言えばそれまでだが、『助けて』という朔くんの言葉に頷いたのは、まぎれもなく俺だった。
単純に、嬉しかった。無言で頼ってくれた、その向けられた信頼がこれほどまでに嬉しいものとは思わなかった。
ただ、安心するのはまだ早い。朔くんが無事に戻ってくるまでは、なんとも言えない。どういう話の流れで父親らしき人に着いて行ったのか、そこで何をされているのか、もう想像でしか物は語れなかった。
朔くんの怯え様を見ていると、それなりに警戒はしているとわかる。やすやすと手中に落ちることはないと信じたい。
今は待つことしかできない。ならばせめて、戻ってきたときに「おかえり」と言ってあげられるように。
誰も、触るな。と思った自分の心の黒さを思い出す。
それほどまでのどす黒い執着心が、自分の中にあるとは思っていなかった。
早く、戻ってきてほしい。小さな頭を撫でて、柔らかな髪を梳いて、細い肩を抱いて、腕の中のぬくもりを感じたかった。
いつの間にか、依存しているのは俺の方だった。
けれどその日、朔くんが帰ってくることはなかった。
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