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「ねぇ、朔くん、俺だけだった?」  確信に似たものがあった。  俺のピアノで泣いてくれた。俺には気を許してくれた。傍で眠ってくれた。抱き締めれば返してくれる腕があり、ほんの少し、笑ってくれるようになった。  それが自惚れでなければ、俺には一つの確信があった。 「俺だけが、朔くんを好きだった?」  小さな顔の両頬に手をそえて、目を見据えて聞く。朔くんは動揺に目を揺らした。何か言おうと小さな口を開いて、また閉じた。 「俺の、自惚れだったのかな」  言わせようとするのはずるいかもしれないと思った。けれど、そうでもしないと、朔くんは言いそうになかったから。  自分を肯定されなれてない朔くんは、愛情を受け取ったことがなかったから。愛情の言葉を、知らないと思った。 「俺は、朔くんが、好きだよ」  伝われ、と声に思いを乗せた。聞こえて欲しい。伝わって欲しい。受け取って欲しい。こつ、と額と額を合わせた。  たった一つの言葉を、俺はただ、欲しいだけなのだ。  けれど朔くんは、一つ、涙をこぼした。 『ごめんなさい』  声にならない声で、一言、告げた。 「……じゃあ、何で、泣くの」  朔くんは傍らのメモに、震える手で綴った。 『ぼくは、とうさんのものだから』  ぞく、と背筋が冷えた。身体に残した痕もすべて、『父親が望んだことだから』と受け入れてしまう気なのだろうか。 「朔くん、それは」 『とうさんは、やさしい。ぼくがおとなしくしていたら、やさしい』  歪んだ愛情を向けられている。実の息子にすることではないと、一般常識的にはわかる。けれど朔くんには、正しい物の基準がもう、わからないのかもしれない。 『ぼくは、とうさんのために、うまれてきたんだって』  それは、父親からそう言われたのだろうか。  胸が痛んだ。 『だから、とうさんのもの。とうさんの、いうとおりにする』  自分の身体さえ、自分のものではない。心も体も自分を置いて、すべて父親のものなのだろう。そこに、意思が入る余地がない。  朔くんは今日も、父親のところに行くのだろうなと思った。それは、止めなければいけないと思った。  交互に与えられる暴力と優しさが有むのは、過剰な依存と愛情だ。それを植え付けられてはいけない。
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