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 僕を生み出した父さんは、僕に何をしたって絶対なのだ。だから暴力を振ろうが身体を弄ろうが、すべて僕の意思は関係がない。  逃げても捕まる。そういう仕組みになっている。だったから諦めて、すべてに身を投げた方がマシだった。 「俺だけだった?」  佐伯さんはそう言った。泣きそうな顔で僕の頬を大きな手で包み、声を潜めた。  助けを求めたのも、何かあったときのために店を選んだのも、すべて僕の甘さだった。父さんから逃げられる、そう思った。  父さんは優しかったのだ。ただ、与える愛情が歪んでいただけだったのだ。それを、僕は受け止めなければいけない。  その義務が僕にはある。  それでも、涙が流れるのはどうしてだろう。 「朔くん」  佐伯さんは、泣き出した僕を抱き締めた。いつものような優しさはなかった。痛いくらいの抱擁に、息が詰まりそうになった。  離してくれ、ここには別れを言いにきた、僕は行かなければならない。  言葉にはならないので、ひたすらに佐伯さんの背中を叩いた。強くしても、その分抱き締める強さが強くなった。 「嫌だ」  何も言っていないのに、佐伯さんはそう呟いた。  お願いだから、離してくれ。  心と体が、引き裂かれそうだった。 「聞こえるよ」  この声は、ピアノの音色だった。夜に溶けた、鍵盤を跳ねる音の粒だった。震えた心を思い出す。 「朔くんの声、ちゃんと、俺には聞こえるよ」  そんなはずはなかった。だって僕には声がない。伝える手段だって、抱き締められた今、もうどこにも残っていないのだ。  テーブルの端に残ったメモ帳が視界の端に入る。それすら仮の伝達機関でしかない。  僕の声は、どこにも届かない。  僕はいつでも、奥底に眠っている。 「聞こえるよ」  当たり前だろう。そんな風に佐伯さんは言った。そんなはずはないのに、錯覚しそうになる。僕の声は、佐伯さんに届いているのだろうか。  届けても、良いのだろうか。  聞こえる、だろうか。  助けて、と願ってしまったあの夜。  俺を呼んで、と微笑んだ佐伯さんの顔が浮かぶ。  夢幻なんかじゃないのなら、僕は言葉に、出来るだろうか。 「聞こえる。だから、聞かせて」  誰にも左右されない僕の声を、聞いてくれる人は、ここにいた。
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