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喉に力をいれるとちりっと痛んだ。息を吸って、吐く。口から漏れるのは、熱い息だけだった。
聞こえるよ、と熱に浮かされたように、佐伯さんは呟いた。思わず喉元を押さえた。控えめな喉仏を指でつまんで、力を入れる。
聞こえる。
本当は、話しても、良い?
僕の、僕の言葉を、話しても良い?
綺麗な音を作る人だから、僕の声は醜く聴こえてしまうだろう。
それでも、聞いてくれるとわかっている。
言いなりのように、生きてきたから、たった一度だけ許して欲しい。
ど、ど、そ、そ、ら、ら、そ。
流れ星は見たことはないけれど、そっと空に祈る。
今だけは、許して欲しい。
「、さ………え、さ……」
僕の声が、届くうちに。
「さ……き、さん」
「うん」
そっと、言葉を紡いだ唇に、温かいものが触れた。一瞬離れて、目の前に泣きそうに笑う佐伯さんが見える。
あなたはいつだって、僕を優しい目で見る。
こんなに掠れて汚い声も、あなたはいつだって、綺麗な音に変えてしまう。
「さえ、き、さん」
「うん」
僕が紡ぐたびに、佐伯さんは僕の口を自分のそれで塞いだ。まるで声を吸い取ってくれているようだった。
涙だけが、流れるのがわかった。僕はずっと、願っていたのだとようやく知った。
僕の言葉は、僕のものだ。
誰にも、渡さない。
「さえき、さん、」
「うん、なぁに、朔くん」
今だけは、僕の言葉だ。
「す、き、です、すき、なんです」
佐伯さんは、僕の声を吸い取った。何度も重ねて、吸い取って、飲み込んで、言葉も息も、佐伯さんに奪われた。
その支配だけは、父さんにすらされたことはなかった。
「聞こえる」
透明の涙が、佐伯さんの頬を伝った。
「すき、さえき、さ、すき……」
「うん、聞こえたよ、ちゃんと、朔くんの声」
わからない、溢れだす感情があった。どう形容していいのかわからないので、ただ回数を重ねて溢れさせた。そうしないと、いっぱいになって、苦しくなりそうだった。
僕の言葉を佐伯さんは何度も受け止めた。
「俺も、好きだよ」
僕の言葉の先にいる気持ちは、僕にも、聞こえた。
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