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その日、帰宅すると朔くんがいなくなっていた。
上着や財布、携帯は無くなっていた。何かあって逃げざるを得なくなった状況ではないことはわかって、ひとまず安心した。ただ、電話をかけても繋がらないことに、もやもやとした不安を感じた。
朔くんは外に出ることを怯えていた。父親に会うのが嫌だと言って、アンダンテに行くことさえ怯えてしまうくらいだった。
それなのに、外に出た。自分から出たとしても、父親の恐怖よりも強い意志を持っての行動にしか思えない。ただの買い物ではないだろう。
本当に、父親が迎えに来た?
それに朔くんは着いていった?
一番しっくりくるような気がして、けれどその先どうしていいのかわからなかった。
マスターに連絡を入れ、朔くんを探すことにした。父親が迎えに来てそれに朔くんが着いて行ったのか―――連れられたのかして、その後二人がどうなっているのかは、今ある情報では一つしか考えられなかった。
朔くんが一番恐れている暴力を、今も尚受けているかもしれない。
手に汗を握って、携帯をずるりと落としそうになる。焦りは募るけれど、朔くんが今どこにいるかわからない。
どうしたらいいのか、と明かりもつけないままマンションで立ちつくしていると、携帯が鳴った。ディスプレイも確認せずに慌てて出た。
『おう、颯太』
「……永末、さん」
『何だよそのくらーい声』
ケラケラ、と電話の向こうで永末さんが笑った。今はそれに同調して笑う気力もない。
『今日、朔に会ったか?』
「えっ」
突然名前が出て驚く。会っていないと伝えると、神妙な口調に変わった。
『今日の昼頃、朔が店に来てな。知らない男と、待ち合わせしてるみたいだったぞ』
「男」
『友達、っていう雰囲気でもなかったな。殺伐とした感じっつーか……相手は三十代くらいの、えらい綺麗な男だった。少し、朔と雰囲気が似てたな』
「!」
もしかしたら、朔くんの父親かもしれない。
「何か、会話とかって」
『おいおい、店のもんが客の会話を盗み聞きするもんじゃねーだろ。しても、話すのはお門違いだ』
「っ……そう、ですよね。すみません」
『おー。何を話してたのかはわからんが、朔の頬撫でたり、手ぇ握ったり、なんつーか、付き合ってるような所作だったぞ』
事実だろうが、頬がカッとなるのがわかった。
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