第1章

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 その日以来、僕はこの村の一員となっている。  (あれ……?)  駅前に澄子の姿は無かった。  (おかしいな……)  澄子はいつも先に来ていて、僕を待っている。それが、今日は居ない。  初めての事だった。  僕は駅舎の陰に入った。  (しかし、珍しい事もあるもんだ……)  澄子はいつだって、僕を出迎えてくれる。  陽光の下、あるいは雨の下、曇り空の下、僕に向かって手を挙げるのだ。優しげな笑みを浮かべて。  いつだったか言っていた。  ――本当は駅で待っているのだは無くて、毎日、起こしに行ってあげたい。  ――でも、美木ちゃんが居るから。  そう言って微笑んだ澄子の瞳は、しかし、笑っていなかった。  何分か経って、待ち人がやって来た。僕の前に立つと、弾んだ息で、  「ごめんなさい……遅れちゃって」  「いや……」  この日差しの下を急いだせいで、さすがの澄子も額に汗を滲ませている。澄子は小さな手提げからハンカチを取り出すと、それで額を拭った。  「澄子……真夏なんだから、長袖なんか着ない方がいいんじゃないのか?」  「え?」  「まあ、今は走ってきたから暑いんだろうけどさ」  「…………」  澄子は、何故か寂しげな顔をした。  「だって……忘れちゃったの?」  「何が?」  「聡人が、前に私は日焼けしない方がいいって」  「…………」  「そう言ったから、私……」  「……そ、そうか、そうだったよな」  僕は慌てて笑みを浮かべる。  言われてみれば、確かに、そんな事を言った覚えがある。  澄子の肌は好き通るような白で、それが日焼けするのはもったいないな、そんな風に思ったのだ。けれど、それを言ったのはだいぶ昔だ。澄子は、言った本人すら忘れている言葉に、忠実に従っているのか……。  「ごめん……。うん、確かに、澄子は日焼けしない方が綺麗だよ。ほんとうにそう思う」  「でも……美木ちゃんは、日焼けしてるよね……」  「…………」  「…………」  何故そこで美木が出てくるのだろう?  僕たちの立っている場所の重力が、急に増したように思えた。  「じゃ、行こうか……」  いつまでも突っ立ていても仕方がない。  歩き出すと、僕の腕に澄子の細い腕が絡んできた。澄子は、腕を組むのが好きだった。街を歩く時は、必ず腕を組む。僕も、別に嫌じゃ無い。
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