第1章

11/40
前へ
/40ページ
次へ
 けれど、夏はちょっと暑苦しいかもしれないな……。  ――ざあぁん……  ――ざあぁん……  (…………)  ミルク色した夢から、浮かび上がった。  ぼんやりとした頭の片隅で思った。  目が覚めるっていうのは、眠りの海から、波に乗って打ち上げられる事なんだ……。  ――ざあぁん……  波の音。  耳に心地よかった。  眠気を誘うような音だけれど、眠くは無かった。眠り過ぎたような気がする。  ――ざあぁん……  身体を起こそうと思って、精一杯の力を込めていると、ぺたぺたいう足音が聞こえてきた。  「おお、目が覚めていたのかい」  「あ……この前の……」  見覚えのあるお爺さんが、あたしの顔を見下ろしていた。  「ふむ……記憶ははっきりしているようだの。ようやく、峠は越したか……」  「あの……お爺さんは、誰?」  「私か? 私は、二宮。この二宮診療所の主だ」  「二宮……診療所?」  何であたし、そんな所に居るんだろう……。  「あ……そっか。風邪を引いたから……」  「いや、風邪では無いぞ」  「風邪じゃ無い?」  「まあ、今は体調も少し良くなって、そう感じられるのかもしれんが……お前さん、肺炎を患っていたのだ」  「肺炎……」  「ふむ……」  二宮さんは、深く頷いた。  「一週間ほどな、ずっと高熱に浮かされておった。……まあ、もう心配ないだろうが」  「一週間? それって……その間、あたし、ずっと眠ってたんですか?」  「うむ……眠っていたというか、苦しんでいたというか……」  「…………」  ちょっと、信じられなかった。一週間も眠っちゃうなんて……。  「ところで、ここ……どこですか?」  「だから、二宮診療所だ」  「あ、そうじゃなくて、場所の名前」  「ふむ、それはの……」  二宮さんが言った地名は、覚えがあるような無いような、そんな地名だった。  「どこ……? そこ」  「どこ……と言われてもな。地図の上に指を立てることなら出来るが」  「別に、地図なんて見たくない。そうじゃ無くて、だから……」  「うん?」  「あたしの住んでいる所から、どれくらい離れているの?」  そう。  そっちが問題だった。  「と……言われてもなあ。私は、お前さんの住所を知らない。そういう物を示す何物も持っていなかったからの」  「…………」
/40ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加