第1章

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 「お前さんが住んでいるのは、何て所だ? 私が代わりに調べよう」  「あたしの……」  住んでいる所?  「どこ……だったっけ?」  あたしは二宮さんに視線を向けた。すると、二宮さんの目がちょっと見開いた。  「忘れてしまったのか?」  「忘れて……? うん、そうだ……忘れちゃった。思い出せないよ」  「…………」  あたしは目をつむって、思い出そうと努力した。けれど、どろっとした、まるで石油タンカーが事故った海みたいな意識には、何も浮かんで来なかった。  「思い……出せない」  「お前さん……だったら、名前は?」  「名前……?」  「…………」  二宮さんは、老人特有の潤んだ目を細めて、じっとあたしを見つめてきた。  「名前……」  あたしはぽつんと呟いた。と、石油の真っ黒な膜から、ぽつんと言葉が浮かび上がってきた。  「み……き」  「ミキ?」  「うん、そう。あたしの名前はミキ。それが、あたしの名前」  すごく、しっくりくる名前だった。  「名字は?」  「……それは、分かんない」  「そうか……」  二宮さんは首を傾げた。  「記憶喪失かの?」  「うん……みたい」  住所や名前を思い出す努力をしながら、あたしは、他の事も思い出そうとしていた。例えば、あたしの年齢。家族。友達。社会人? 学生? ていうか、地球人?……そういったこと全部を、あたしは忘れていた。  「ね、先生……何であたし、記憶喪失なのかな? 先生、お医者さんでしょ? 何で?」  不思議と、ショックは感じ無かった。何だか、現実じゃ無くて、作り物のお話しのように思えたから。  あたしは、スクリーンやブラウン管を通して、あたし自身を見つめていた。  「何でと言われてもな……心については門外漢だから、よくは分からんが……。ショック、じゃないのかの」  「ショック……肺炎の? 高熱とかで?」  「いやいや、そっちじゃ無い。まあ、それも一役買っているのかもしれんが……」  二宮さんは、ふっと振り返った。あたしは少し、頭を持ち上げた。白衣の向こうに、窓があった。  「お前さん……だったら、それも忘れてしまったか」  「それって?」  二宮さんは向き直ると、  「お前さん……浜辺に倒れていたんだぞ」  「倒れ……浜辺に? それって、ドザエモン?」  「いや、私は幽霊を相手にはしていないと思うぞ」
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