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そう言って、苦笑いを浮かべた。
「とある女の子がな……お前さんを、この診療所に担ぎ込んできたのだ」
「女の子って、誰?」
「素性は、私も知らん」
「……じゃ、その子にお礼を言わないとね」
「そうだな」
「今、どこに居るの? その、女の子は」
「さあて……?」
二宮さんは首を傾げた。
「まあ、また、ひょっこり姿を見せることもあるんじゃないかの……」
「ふうん……じゃ、いいや。そしたらさ、あたしは何で、浜辺なんかに倒れていたのかな?」
「そこまでは私も知らんな……。まあ、溺れたんじゃないんかの? 海水浴の季節だから」
「溺れた……か」
何だか、間抜けな話に思えた。もっと、ドラマチックな方が、あたしはいい。
「溺れたんじゃ無いよ、きっと」
あたしはふてくされたような気分でそう言った。急にあたし自身が、スクリーンから、こちらの世界に飛び出してきたように思えた。
「まあ、それもそのうち思い出すだろう」
言いながら、二宮さんは、あたしの腕から点滴の針を抜いた。
「あ、そうそう。この手首って何なんです?」
あたしは、苦労して布団から手を出した。視線をそちらに向けると、包帯の白が目に映る。
「痛むかの?」
「ん……少し」
じっとしてるとそうでも無いけれど、動かすと鈍い痛みが走った。
「でも別に、我慢できない程じゃ無いよ」
「ま、そうだろうの。骨が折れている訳じゃ無い。まあ、酷い捻挫ではあったが」
「捻挫?」
あたしはもう一度、手首に目を遣った。
「それって、その……溺れた時に?」
「さて……? そこまでは分からない。お前さんをざっと検診した時に見つけたのだ。溺れる前からかもしれん」
「ふうん……ま、いいか」
手首を切断したとかだったら大ショックだったけど、捻挫ならどうってこと無い。
「ふむ……まあ、あと数日もすれば、痛みも引くだろう」
――ぽんぽん
二宮さんの手が、布団を鳴らした。
「身体が復調するには、まだもうしばらくかかる。それまで、ゆっくり養正なさい。いいね」
そう言って、二宮さんはかっと微笑んだ。優しい笑顔で、何だかあたしは嬉しくなった。
「ありがとう……」
「そうそう、目が覚めるたり、何か用がある時は、枕元のボタンを押すようにな。それじゃ」
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