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養子の意志に諾々と従っている僕が、どうして澄子の主体性の無さを糾弾できるだろうか。
ふたりとも何となく黙ってしまい、僕たちは黙々と食事を続けた。スプーンの皿に当たる音だけが、ただ、部屋を飛び交った。
僕はふと、自分の手元に目を遣った。
左手の薬指に指輪が嵌められている。澄子から、誕生日にプレゼンとされたものだった。別に、その指に嵌めるよう言われた訳じゃ無い。が、澄子はそれを望むだろうと思った。そして事実、僕の左手を見たとき、澄子は零れるような笑みを浮かべた。正直に言って、僕はずっと澄子の近くに居たいと思っている。しかし――。澄子は、一生を僕の後ろを歩くことに費やしてしまって、それでいいのだろうか?
………………。
…………。
……。
「ごめん……」
そう呟き、澄子に背中を向けた。
「え……?」
困惑の声が、僕に投げかけられる。
食事のあと。
澄子は、いつものように僕に抱きついてきた。しかし……。いつもとは違い、なぜか僕は彼女を抱きしめ返す気分にならなかったのだ。
「ごめん……」
再び呟く。
澄子がベッドに座り直す音が聞こえた。
「どう……したの?」
「自分でも分からないんだ……」
「…………」
「…………」
「その……私のせい?」
気遣わしげな声だった。
「そんなんじゃない」
僕はかぶりを振った。
「自分でも……分からないんだよ」
僕は同じ言葉を繰り返した。その声は上擦っていた。こんな事は初めてだった。
「たぶん……疲れてるんだと思う」
別に何に疲れている訳でも無いが、取り敢えずはそう言った。
「うん……」
「ごめん……素っ気無い態度をとってしまって」
「あんまり、気にしないで……」
「もう大丈夫だから……」
「…………」
何も言わずに、僕を再び抱きしめてくれる澄子。先ほど渦巻いていたようね感情は、すでに霧散して、消え去っていた。いや、それどころか、僕は優しく抱きしめてくれる彼女を、愛おしとさえ思った。
僕は澄子の手を、そっと握ったのだった。
白。
白い色。
何の色だろう?
その白に、違う色が混じっている。
水の中に絵の具を垂らしたように、その色が、ぐるぐると渦巻いている。
渦巻き、渦巻いて――。
「…………」
目が覚めると、夜になっていた。
(何時だろう……)
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