第1章

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 視界の及ぶ範囲に、時計は無かった。  (ん……)  起きようと思えば、起きる事が出来そうだった。でも、まあ、思わい方がいい。たとえ出来そうな幅だとしても、ビルとビルの間を飛び越えたりしない方がいいのと同じ。  (夜中じゃ無いよね……)  そう願いながら、枕元の赤いボタンを押した。  サイドボードの上に、水差しが置いてあった。コップに注いで飲んでいると、パチっというスイッチの音がした。  「目が覚めたのかね?」  「あ、はい」  「おはよう」  「おはようございマス……でも、朝じゃ無いでしょ? 今、何時?」  「十時だね」  「そ。良かった」  二宮さんは首を傾げた。  「だって、夜中だったら、先生起こして悪いなって思ったから」  「ああ……しかし、そんな事は気にしてはいかんぞ」  「ん~……」  「目覚めた時が朝。眠る時が夜。それが、病人の正しい姿ってものだ」  「…………」  あたしは少し、笑った。  「ん……?」  二宮さんは眉間に縦じわを作ると、あたしの顔をじっと見つめてきた。  「え? 何?」  「お前さん……泣いているのか?」  「ええ?」  思わず素っ頓狂な声が出た。  「先生……もう、注射とか患者さんに打たない方がいいよ」  「どうしてかね?」  「だって、目がもうロクしちゃってるみたい」  「……何を言う。嘘だと思うなら、手で触ってみなさい」  「またまたぁ~。どこの世界のギャグなの? それって」  何て事を言いながら、目尻に触れた。動きに、手首が少し痛んだ。  「え……?」  冷たい感触が、そこにはあった。  ――涙?  「どうかね? それは、涙だろう?」  「う、うん……」  あたしはたぶん、腕の悪い操り人形のように頷いた。  「何でだろう……?」  「自分でも分からんのか?」  「うん……」  あたしは指先を見つめた。そこは、少し湿っていた。  「何でだろう……」  「……悲しい夢でも見たんじゃないのかね?」  「夢……」  言われてみれば、確かに見ていたようね気がした。  「うん……夢、見ていた」  「どんな夢かね? 何か分かれば、記憶の快復に繋がるかもしれん」  「…………」  思い出そうとしながら、夢っていうのは、水に似ていると思った。手ですくっても、すぐに零れ落ちちゃう。  
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