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「あたしは美木!」
耳がきいんとするほどの大きな声。
その小柄な全身から、元気が溢れ出ている。どうしてそんなに元気なのだろう?
「よろしくね! お兄ちゃん!」
「…………」
その呼び方は、僕にとって何ともくすぐったいものだった。それはそうだ。初めて会った女の子にそんな風に呼ばれて、まごつかないヤツは居ないと思う。まして僕は、今日この日まで、ひとりっ子だった。
「それから、こっちが澄子お姉ちゃん。あたしの大好きな人なんだよ!」
「…………」
大好きな人と紹介された少女は、恥ずかしげに、身体をもじもじさせている。元気、という点においては、対照的に見えるふたりだった。
「……どうしたの?」
美木が不満げな声をあげた。
「……何が?」
僕はそっと呟く。
僕のこの喋り方が気に入らないと、学校のいじめっ子は言う。それはそうかもしれない。何せ、僕自身大いに気に入らない。けれども、言葉を声にすると、どうしてもそうなってしまうのだった。
「手、出してるんだよ?」
「……だから、何?」
「握手しなきゃ。でしょ?」
「…………」
僕はふと、隣の少女――澄子に視線を転じた。
澄子は相変わらず、ばつが悪そうに、ひとり蚊帳の外にいるように、佇んでいる。その様子を見て、何故かしら、心が疼くのを覚えた。
どうしてだろう?どうして、そんな感情を覚えるんだろう?初対面の女の子なのに。
「腕、つーかーれーたー」
美木が手を上下に振った。その率直さが、僕には羨ましかった。
「分かったよ……」
僕は、手を握った。
驚くほど小さくて、そして、温かな手だった。
「君も……」
「え? わ、わたし?」
澄子は、おどおどと視線を泳がせた。
驚きを感じながら、僕は自分の手を見つめた。
僕の方からこんな行動を起こすなんて、ちょっと珍しい。もしかしたら、初めてかもしれない。ともかく僕は、手を差し出している。
「う、うん……」
澄子はゆっくりとこちらに歩み寄った。
右手が差し出され……僕の手を逸れて、空をさまよった。
「…………?」
何かと思い顔を窺うと、その視線は、全く別の方向を向いているのだった。思わず頬に、笑みが浮かんだ。陽炎のように揺れている手を取った。僕は、ぼそっと呟いた。
「よろしくな……澄子」
(え……これは……?)
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