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かさついた手が、袖をまくった。お爺さんは、ベッドの脇にある点滴の袋を、新しいのと交換した。
もう一度私の手を取ると、何かで――多分、脱脂綿――腕を擦った。そして、鋭い痛み。針が、あたしの身体に入ったんだ。
「ゆっくり休むんだ」
――シャッ。
――パチリ。
灯りが消されると、やっぱりそこには、靄が漂っていた。それが、段々と降りてきて、あたしの身体を包み込んできた……。
眠りに落ちる前、あたしは、片方の手で片方の手首を探った。そこには、包帯の感触があった。
(怪我……)
――ざあぁん……
――ざあぁん……
――ざあぁん……
どこからか、潮騒の音が聞こえてくる……。
「てりゃっ~~~!!」
――どしん!!
「うっ!?」
突然の圧力と揺れに、僕は文字通り飛び上がった。
「起きた~?」
姿は見えず、声だけが聞こえてきた。
「ちょ……どいてくれよ、美木。重たい」
「嘘は駄目だよ、お兄ちゃん。あたし、太って無いもん。嘘つきはこうだー!」
タオルケットを一気にはぎ取られた。そして、指先が脇腹にのびてくる。
「や……め、ぶっ、ぶわはははっ!」
僕はこの攻撃にひどく弱いのだった。
全身の筋肉に疲労を覚える頃、僕はようやく解放された。拘束衣を解かれた囚人の気分は、きっとこんなものだろう。
「目ぇ、覚めた?」
美木は満面に笑みを浮かべていた。
「そりゃ、覚めるよ……いくら何でも」
そうは言うものの、身体はだるく、あくびが絶えない。僕の寝起きは、いつもそうだった。
「朝ご飯出来てるよ。早く、来なさいね」
僕は時計を見た。針は七時を指している。
「ん……? どうしてこんな時間に起こすんだ? 日曜だろ?」
「や~だお兄ちゃん。起きてる人が寝言を言ったら終身刑だよ? で、あたしが看守」
「何だそれは……」
僕は小さくため息をつく。
「もう……ほんとに寝惚けてるの? 今日は、月曜でしょ?」
「……え?」
美木の顔をまじまじと見つめる。また、僕には理解のしがたいジョークだろうか?けれど、どうもそうでは無いらしい。きょとんとした表情で、僕の視線に応えている。
「だって、お兄ちゃん、日曜ずっと寝てたじゃない。だるい~何て言って」
「そう……だったか?」
記憶が曖昧だった。
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