第1章

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 しかし、言われてみれば、そうだったかもしれない。ずっとベッドの上で、惰眠を貪っていたような、そんな気がする。  「お兄ちゃんったら、あたしに心配かけて。ほんとに悪い子」  手を伸ばし、僕の両の頬を指で引っ張った。美木はたまに、こんな物言いをする。母親気取りらしいのだ。まあ、この家における美木の役割を考えると、あながち間違いとは言えないが……。  軽く頭を振って指で振りほどき、僕は言った。  「……心配していた人間が、どうしてプロレス技を仕掛けるんだ?」  「え? あーははは……」  乾いた笑いをたてながら、美木はじりじりと後ずさっていった。  「早く起きてよね! お兄ちゃん!」  ――ばたん!  扉が閉められ、静寂が訪れた。  食堂に入ると、コーヒーのいい香りが鼻腔に迫ってきた。この香りは、僕にとっては、鶏の鳴き声に等しいものだった。  「あ、お兄ちゃん、おはぐ~」  「……お、おはよう。何だ? おはぐうって」  「え? おほようとモーングを合わせたんだよ」  「…………」  僕は、コーヒーメーカーのポットに手を伸ばし、中身をカップに注いだ。そして、椅子に座る。カップの中身で口の中を湿らせると、急激に空腹を覚えた。どうやら昨日は、本当に食事を抜かしたらしい。忙しく手を動かし、胃袋の欲求に応える事とした。  「ふわ~、すっごい食欲だね。めっずらしい!」  正面に座っている美木が、目を丸くした。  「いや、お腹が空いてて……美木、クロワッサン、もうふたつくらい無いか?」  「ええ? まだ食べるの? お兄ちゃん、太っちゃうよ? 太ったお兄ちゃんなんて、あたし、嫌だもん」  「人の心配より、自分の心配をしたらどうだ?」  「え?」  「美木、少し太ったんじゃないか?」  「……え?」  美木は顔を強張らせた。  「さっきのプロレス技……ダイビングプレスだったか? 確か、前にもやられたけど……その時よりも重たい気がした」  「…………」  「…………?」  嘘を言ったわけでは無かったものの、言わない方が良かったかと思った。いやに深刻そうな顔をしてしまったのだ。  「いや……気がしただけだ。水泳をやってるんだから、そうそう太るはずも無い」  「え? えへへ……そうだよね!」  美木は陽気に微笑むと、何度も頷いたのだった。
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