第1章

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 しばらくして、クロワッサンと皿に載せ、美木は戻ってきた。  「ありがとう」  それを受け取り、早速口に放り込む。美木は何故か嬉しそうな顔をし、僕のことをじっと見つめている。  (あ……)  頬が火照るのが分かった。僕は慌ててカップに手を伸ばし、顔を伏せて、中身の口を付ける。  昨日――いや、一昨日、見た夢。  (どうして、あんな夢を……?)  カップを置くと、僕は席を立った。  「え? どこに行くの?」  「いや……手洗い」  そう言い置いて、部屋を出た。  (少し頭を冷やそう……)  戻ると、美木はさっきと同じように座っていた。  「時間……平気なのか? 今日も朝練だろう?」  まあ、僕にしても時間はあまりない。月火水は一限からある。  「あ、うん、もう行くよ」  「大会が近いものな……」  「うん、そうなんだよ! だから、絶対、応援に来てよね! 今度のに勝てば、次は全国大会だから!」  「……え? もう?」  僕は首を傾げた。  「もうって、お兄ちゃん、あたしには最後のチャンスだよ」  「いや、そういう事じゃ無い……」  何か、段階が早いような気がしたのだ。地方大会では無く、県大会あたりではなかったか?  「そう言えば……今日は七月の……何日だった?」  「え? 七月の16日でしょ?」  「七月……16日……」  おうむ返しに繰り返す。何か、違和感を感じた。不思議だった。スケールの小さい浦島太郎というのだろうか。  「七月16日……」  ぽつりと呟く。その言葉――音は、どうもしっくり来ない。  「ねえ……お兄ちゃん、昨日からちょっとヘンだよ? いったい、どうしたの?」  テーブルに肘をつき、顔を近寄せてきた。手を伸ばし、僕の頬に触れてくる。  「いや……」  しかし、考えているうちに、太陽が地平線に沈むように違和感が消えていった。  「そうだよね……今日は七月16日だ」  「そうだよ。ヘンなお兄ちゃん」  美木は明るく笑った。その笑顔を見ると、違和感の残照は跡形も無く消え去った。  「でもね……」  美木は椅子を立った。  「いつものまじめ~なお兄ちゃんより、ちょっとヘンな方が、いいよ!」  扉に派手な音を立てさせ、美木は部屋を出て行った。朝から元気だな、そう思う。そして僕には、その元気が羨ましのだった。
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