0人が本棚に入れています
本棚に追加
しばらくして、クロワッサンと皿に載せ、美木は戻ってきた。
「ありがとう」
それを受け取り、早速口に放り込む。美木は何故か嬉しそうな顔をし、僕のことをじっと見つめている。
(あ……)
頬が火照るのが分かった。僕は慌ててカップに手を伸ばし、顔を伏せて、中身の口を付ける。
昨日――いや、一昨日、見た夢。
(どうして、あんな夢を……?)
カップを置くと、僕は席を立った。
「え? どこに行くの?」
「いや……手洗い」
そう言い置いて、部屋を出た。
(少し頭を冷やそう……)
戻ると、美木はさっきと同じように座っていた。
「時間……平気なのか? 今日も朝練だろう?」
まあ、僕にしても時間はあまりない。月火水は一限からある。
「あ、うん、もう行くよ」
「大会が近いものな……」
「うん、そうなんだよ! だから、絶対、応援に来てよね! 今度のに勝てば、次は全国大会だから!」
「……え? もう?」
僕は首を傾げた。
「もうって、お兄ちゃん、あたしには最後のチャンスだよ」
「いや、そういう事じゃ無い……」
何か、段階が早いような気がしたのだ。地方大会では無く、県大会あたりではなかったか?
「そう言えば……今日は七月の……何日だった?」
「え? 七月の16日でしょ?」
「七月……16日……」
おうむ返しに繰り返す。何か、違和感を感じた。不思議だった。スケールの小さい浦島太郎というのだろうか。
「七月16日……」
ぽつりと呟く。その言葉――音は、どうもしっくり来ない。
「ねえ……お兄ちゃん、昨日からちょっとヘンだよ? いったい、どうしたの?」
テーブルに肘をつき、顔を近寄せてきた。手を伸ばし、僕の頬に触れてくる。
「いや……」
しかし、考えているうちに、太陽が地平線に沈むように違和感が消えていった。
「そうだよね……今日は七月16日だ」
「そうだよ。ヘンなお兄ちゃん」
美木は明るく笑った。その笑顔を見ると、違和感の残照は跡形も無く消え去った。
「でもね……」
美木は椅子を立った。
「いつものまじめ~なお兄ちゃんより、ちょっとヘンな方が、いいよ!」
扉に派手な音を立てさせ、美木は部屋を出て行った。朝から元気だな、そう思う。そして僕には、その元気が羨ましのだった。
最初のコメントを投稿しよう!