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現実なんてこんなもの
沢村浩(さわむら・ひろし)は高校生だ。髪は黒で瞳は茶色。通う高校の制服をきちっと着込み、学生服の詰襟のピンで二年生というのがわかる。
剣や魔法のいわゆるファンタジー作品が好きで読みながら下校するのもしょっちゅうある。もちろん、周りには気をつけながら。
だからそれは運が悪かったといえる。反対から歩いてきた相手に肩がぶつかってしまった。読もうと取り出した本が落ちた。ぶつかってしまったので謝ろうとした。謝ろうとした相手が同じ高校の生徒で校内でも有名な不良だった。
「……おい」
相手から声がかかった。まずい。
「どこ見て歩いてんだ」
「す、すいません!」
慌てて離れて頭を下げる。いつかこうなるかもと家族や友人からも言われていた。それがこんな最悪な形でできてしまうとは。
「いつも気をつけていたんですけどその、急に来るとは思わなくて」
「そうか俺が悪いのか」
やばい。これは殴られる。覚悟して目を閉じたが想像していた衝撃はこなかった。疑問に思い顔をあげると、不良は落とした本を拾いつまらなそうにぺらぺらとめくり鼻で笑っていた。
「そ、それ……!」
「迷惑料でもらってやる」
「え……」
「なんだ?」
「いえ、なんでもない、です……」
不良が去り、おもわずため息をつく。
本当に運が悪かった。本をとられたのはくやしいがふたたび買えばいい。下校するときは本を読まないようにすればいい。それから、あの不良にはもう会わないようにしよう。
そう心に決め、早足で自宅へと向かおうとする沢村はふと肩に何か細いものがついていたことに気づいた。
「なんだろ?……いっ、た……え?」
触ってみようと手を伸ばすとばちりと静電気が走った。
おもわず手を離すも今度はゆっくりと伸ばし、とる。
「……動物の毛?」
動物なんて触っていないし、学生服はいつもきれいにしている。それならこれは?そもそもなぜ静電気がおこった?
ふと不良が去っていった方向を見る。たしかこの先は大きな運動公園があったはず。
不良、動物の毛、公園……。
「いやいや、そんなベタな……」
つい、そんなことを想像する。そんなのもはやフィクションだけの内容だ。
ジャンルとしてのファンタジーは好きだが、現実ではまず起こりえない。トラックに轢かれるなんてこともないしスマホから謎の声やアプリが現れることもない。
なんてこともない現実だ。なんだかもったいない気もするがこれが現実だ。
軽く頭を振り、手に取った毛は風に流し沢村は自宅へと帰っていった。
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