最終章

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最終章

冬休み 怪我の完治していない僕にとっては、病院と自宅の往復の日が続いた。 病院に行く時、たまに松本さんが付き添ってくれていた、バス停で待ち合わせをして、病院に行く。 「いつも、リハビリにつき合ってくれて、ありがとう」 それが、素直な僕の気持ちだった。 「良いの。私が好きで来ているのだから」 松本さんはいつも優しく言ってくれた。 制服以外の松本さんを見たのは、始めてリハビリにつき合ってくれた日の事だった。 終業式が終わった後 「浦河、次にリハビリに行く日はいつ?」 松本さんが聞いて来る 「次はね。えっと、明後日になるかな」 「何時くらいに行くの?」 「午後から行くから、1時に病院に着くようにバスに乗るけど。何で?」 「私、リハビリについて行っても良い?」 松本さんは言う 「良いけど、待っている間、退屈だよ」 「良いの」 「朱音がいいなら、いいけど」 「じゃあ明後日の午後1時ね。病院で待っているから」 そう言って、その日は別れた。 リハビリの日、僕が病院に着いた時、松本さんは病院の玄関前に待っていた。 「浦河、ちょっと遅いぞ」 彼女は言う。 松本さんは白いジャケットに短いデニムのスカート姿だった。 「ゴメン。ゆっくり歩いて来たからさ。待った?」 「ちょっとね」 「寒いから、病院の中で待っていれば良かったのに」 「だって、そうしたら、すれ違いになっちゃうかも知れないし」 「そうか」 僕の視線が、彼女の足元を見た。 「どこ見てるの?」 僕の視線に気がついた、松本さんが鋭く言う 「えっ、えーと」 「浦河のH。どこを見てるのよ」 スカートを押さえるようにして言う。 「い、いやー。短いスカートだから、寒くないのかなって、思っただけ」 「ホントに?」 疑うように言う。 そこで、僕はすかさず 「朱音、今日は髪をおろしてるんだね」 と話を反らした。 「うん。だって2人だけだもん」 機嫌を直し、嬉しそうに話す彼女がいた。病院の待合室で、2人並んで座っていると、入院していた時の担当看護婦のゆいかさんが、僕達に気がついて 「また病院でデートして」 とからかって来た。 「そーです」 僕は、笑いながら答えていた。 年が明け、短い冬休みが終わり、3学期になると、僕の怪我も完治した。 「今までよく我慢したね。もう完治したから大丈夫だぞ」 病院の先生から、部活再会の許可がおりた。 そして、部活動に復帰する日がやって来た。 僕は授業が終わると、1番に部室に生き、トレーニングウエアに着替えると、靴紐を強めに結び、グランドに立っていた。 ゆっくりと、1人でストレッチを始めていると 「浦河。初日から無理するなよ」 原田が駆け寄って来た。 「軽く、流すだけ」 僕が言うと 「おかしいと思ったんだ。今日は授業中から、ずっと機嫌が良かったから、何だろうと思っていたけど、今日が部活に復帰する日だったのか」 と言って来た。 「そのとおり」 僕は言う。 「まあな、これからは俺達が主力として、チームをまとめていかなきゃいけないからな」 原田は言う。 秋の県大会が終了して、3年生は引退していた。 とりあえずは、原田がキャプテン代行みたいな立場になっていた。 工藤先輩達が引退した日に、他の部員からキャプテンに推薦されたけど、その時原田が 「自分の実力じゃ、キャプテンなんて務まらない。大会で何度も上位に入っている浦河の方が、キャプテンにふさわしい」 と辞退したらしいのだけど、僕は事故で入院していると言う事で 「キャプテン代行としてなら」 と、引き受けたみたいなだった。 「キャプテン。格好いいね」 僕がからかうと 「何なら、直ぐに変わってやるよ。今の俺の立場はキャプテン代行だから」 原田は言う 「やらない!」 僕は即答した。 「浦河こそキャプテンだよ。俺より大会成績が上じゃん」 「僕はキャプテンなんて柄じゃないよ。自分の事で精一杯さ。怪我もしたしな。とても人をまとめていくなんて無理だよ。原田がキャプテンを引き受けるなら、そのサポートなら手伝うよ」 僕は答えた。 そのうちに、他の部員が集まって来た。 「先輩。今日から復帰ですね」 「怪我は、もう大丈夫ですか?」 等と、色々言って来た。 そのうち後輩の1人が、僕に近寄って来て 「そうそう。先輩、知っていますか?」 と耳打ちする 「何を?」 「実はですね、今日から女の子の新入部員が来るらしいですよ。マネージャーだって言う話しですけど」 「知らないよ。こんな時期に入部なんて珍しいね」 僕が聞くと 「良くわからないんですよ。でも、今日から来るそうなので、そのうち分かると思いますよ」 と言って来た。 「集合ー」 久保先生の声が聞こえ、僕達は集合した 「みんな、集まったか?」 先生が言う 「ハイ」 僕達は返事をした、そして 「浦河、前に来て挨拶」 「ハイ」 僕は先生に言われて、みんなの前に立ち 「事故に遭い怪我をした時は、迷惑や心配を掛けました。今日から復帰します。まだ、ゆっくりとしか走ったり出来ませんけど、徐々に体を慣らして、前みたいに走れるように頑張ります。ヨロシクお願いします」 と挨拶をして元の場所に戻ると、久保先生が 「みんなも知っていると思うけど、今日からマネージャーが1人、入部する事になった。今から挨拶をさせる」 そう言われて、グランドに入って来たのは、ジャージを着た松本さんの姿で、トレードマークのポニーテールが揺れていた。 「今日から、陸上部のマネージャーをやります、2年の松本朱音です。よろしくお願いします」 そう言って、頭を下げた。 「えっ!」 僕は固まってしまった。 マネージャーをやるなんて話は、本人から一言も聞いていなかった。 「新入部員のマネージャーって、浦河先輩の彼女じゃないですか」 「彼女になってもらおうと思ったのに」 「女の子が入部すると聞いたから、楽しみにしていたのに。もう決まった相手のいる人ですかー」 なんて声が聞こえて来た。 先生が 「静かにしろ」 と言って、そして 「みんな仲良くしてくれよな。じゃあ、今日の練習を開始して」 と言った。原田がざわついている、みんなの前に出て 「みんな、新しいマネージャーについて文句を言うのは、走った後・・浦河に直接な」 と言う 「何でだよ」 僕が言う台詞をかき消すように、原田が 「今日は、山コース4周。いくぞ!」 と声をあげた。 「おー」 みんなが声をあげる。 僕も文句を言うのをやめて 「行くぞー」 と、走る気満々で答えたが、原田が 「浦河はグランド5周。リハビリだから、ゆっくり体を慣らしてくれよな」 と言って来た。 「了解」 僕が言うと 「行くぞ!出発!」 原田のかけ声で、みんな校門に向かって、一斉に走り出した。 僕はみんなが学校の外に出て行ったのを見届けると、松本さんの側に行って 「マネージャーになるなんて、聞いてないよ」 と言った。 「一緒に居る時間が、少しでも増えるといいなって思って。先生に入部させてほしいとお願いしたの。ビックリした?」 彼女は嬉しそうに言う。 「ビックリしたよ。いつ言ったのさ」 「浦河が入院している時に。みんなでお見舞いに行った日、私遅れて来たでしょう、その時、先生に入部させて欲しいって、お願いしたの」 「何で、今日からなの」 「3学期からって、言ってあったから」 「そうなんだ。でも、本当に驚いたよ」 僕達が並んで話をしていると、久保先生がやって来て 「浦河、怪我が治ったばかりだから、無理するなよ。それと、2人に言うけど、大会に出場停止になるような行為は、慎むように」 と言った。 「ハッ、ハイ」 「ハイ」 僕と松本さんは返事をした。 僕達の返事を聞いた後、久保先生は他のみんなを追いかけるように、学校の外に走って行った。 「僕も走るよ」 僕はそう言って、ゆっくりとトラックに向かう 「頑張ってね」 彼女は声を掛ける。 僕は右手を上にあげて合図をする。 丁度、怪我をする前、2人がつき合う前、いつも僕がしていた合図の様に、右手を上げ、体を慣らすように、走り始めた。走り出して、後ろを振り返ると、手を降る彼女の姿があった。 「頑張ってー」 と、彼女は叫んでいた。 僕は徐々にスピードを上げると、走り続けた。 走り続ける僕の周りを、春の訪れを告げる、暖かい風が吹き抜けて行った。 新しい季節が、また始まろうとしていた。
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