第4章

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第4章

高校2年生として、新しい学生生活が始まった。 2年生になり、松本さんと一緒に授業を受ける様になって、気が付いた事が、幾つかあった。 その中の1つは、彼女は学校に来るのが、クラスの中で一番早いと言う事だった。 僕も学校には早く来る方だったけど、僕が教室に入ると、いつも彼女は窓際の自分の席に座っていた。 「お早う。いつも早いね」 僕が挨拶をすると 「浦河君も、早いよね」 彼女は笑って言った。 そんな会話を、毎日の様に僕達は交わしていた。 そして、机を並べて一緒に過ごすうちに、松本さんの性格が少しずつ分かってきた。 彼女は、僕が1年の時にイメージしていたほど、大人しい人ではなかった。 彼女の性格は活発で、ちょっとワガママな所があった。 そしていつの間にか、僕は彼女の事を 「松本」 と呼んだり 「お嬢」 と呼んだりする様になっていた。そして、彼女も僕の事を 「浦河」 と名字だけで、呼ぶようになっていた。 1学期が始まり、2ヶ月も過ぎた日の放課後だった。 陸上部の部室で、僕がトレーニングウエアに着替えている時、原田が遅れて部室にやって来た。 「オッス。早いな」 原田が手に持っていたバックを椅子の上に置き、制服を脱ぎながら言う。 「来るのが遅いぞ。職員室にでも、呼ばれていたのか?」 僕が聞くと 「体育教官室にちょっとな」 原田が、さらりと言った。 「何かやったのか?」 僕が聞き返すと 「冗談だよ。俺が呼ばれると思うか。ちょっと、ホールでジュースを飲みながら、和幸達と話をしてきただけだよ」 原田は笑いながら言う。 「呼ばれないとは、限らないからな」 僕は、原田のお尻を蹴りながら言った。 「悪かったよ」 素直に謝る原田を、部室に置いて行く様に 「先に行っているよ」 と言って、部室を出ると、グランドに行く為に階段を駆け下りた。グランドには、後輩たちが既に集まっていて、ストレッチをしていた。 「お疲れ様です」 挨拶が聞こえる。僕も 「お疲れー」 と挨拶をしながら、みんなに交ざり、ストレッチをしながら、他の部員が来るのを待っていた。 僕の通っている学校は、山際に建っている事もあり、校舎はグランドより少し高い所に建っていて、階段でつながっていた。 「おーす」 ストレッチをしていると、他の部員達も集まって来た。 そして、キャプテンの工藤先輩が、グランドに来て 「みんな集まったな。じゃあランニングから始めて、学校に戻って来たら、自分の種目の練習をしてくれ」 と、今日の部活の予定を指示した。 「はい」 全員で体操をして身体をほぐすと 「行くぞ」 と言う工藤先輩の号令で、ランニングを開始した。 学校の回りには、ランニングコースが3つ設定してあった。 1つは、学校の周りを走るコースで、全長1・2キロ。通称、学校コース。 2つ目は、学校の裏山まで行って帰って来るコースで、全長3・5キロ。通称、山コース。 3つ目は、近くの海岸まで行って帰って来るコースで、全長6キロ。通称、海岸コース。 の3つだった。 ただ、この海岸コースは学校の正門を出てから、150メートル位離れた所にある、国道を横断しなければならなかった。 部活では、基本的に海岸コースを走っていて、この3つのコースは体育の時に走るコースでもあった。 海岸から学校に向かって走っている時、原田が後ろから近づいて来て 「浦河。今日も彼女は音楽室から、練習を見ているのか?」 と言って来た。 「彼女って、誰の事だよ」 僕が聞く 「分かっているくせに、松本ちゃんの事だよ。いつも、浦河と2人で一緒に居てさ、仲が良いよな」 「そんな、仲じゃないよ」 僕が否定すると 「本当かー?」 疑ったように言って来る。 「本当だよ。告白だってしていないのに、と言うより、好きなのかさえ分からないのに。・・ただ仲が良いだけだよ」 僕は言う 「そうか?周りから見ていると、二人は付き合っているように見えるぞ。と言うより、付き合っているとしか見えないぞ」 「そんな事無いよ」 「いつ見ても、お前ら一緒に居るし。それに浦河、お前だけだぞ、松本ちゃんの事を「お嬢」なんて呼んでいるのは」 「そうか?他にも居るだろう」 「誰も居ないよ。それに浦河から「お嬢」なんて呼ばれているのに、松本ちゃん、嫌そうにしていないもんな。他の男子が呼んだら、怒りそうだよ」 「みんなが、呼ばないだけだって」 「呼べないよ。それに浦河だって、名字で呼び捨てにされているしな。俺とか他のみんなは、君付けで呼ばれているぞ」 「それは、・・そうだけど」 僕がちょっと、詰まった様に答えると 「浦河が女の子に対して、そんなに手が早かったのかなって、俺が思った位だからな」 原田は、そう言った後 「部員のみんなは知っているからな。松本ちゃんが放課後に音楽室にいて、浦河を見ている事」 と付け加えた。僕は 「いつもの仲良しメンバーが、放課後に集まっているだけだろう。別に俺を見ているわけじゃ無いよ」 と答えた。 「そうかなー。俺今度、本人に直接聞いてみようかな。浦河と付き合っているかどうか」 原田が言う 「やめとけよ。彼女に迷惑・・・・」 僕がそこまで言った時、原田はいきなりダッシュすると、校門の中に消えて行った。 僕も急いで追いかけたけど、出遅れてしまい、グランドに着いた時には、原田は幅跳びの練習をするため、砂場に向かっていた。 僕は砂場まで、追いかけようとしたけど、久保先生がいて、これ以上の無駄話は出来そうになかったので、原田を追いかけるのを諦めて、短距離のスタートの練習を始めた。 練習をしながら 『松本との事は、そんな風に見られているのか』 等と考えていた。僕は、今までそんな事を考えた事は、1度もなかった。ただ 『同じクラスになれて、仲良くなって良かったな』 そんな事位しか、考えていなかったのだった。 僕はウエイトリフティングをしながら、音楽室を見上げると、女の子数人が集まっていて、その中に松本さんの姿が見えた。 『今日も居るんだ』 そう思って、練習をちょっと止めて、音楽室を見上げていると彼女がふと、グランドの方を見たような気がした。 僕は慌てて練習を再開すると 「気のせいだよな。原田があんな事を言うから、意識しちゃうよ」 僕は自分に言い聞かせながら、走り込みを始めた。
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