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第5章
僕は、学校までバスで通っていた。
松本さんもバスで通っていたけど、僕とは反対の方向から来るバスを利用していた。
土曜日の朝。
僕の乗ったバスがバス停に着いた時、反対方向から来たバスが、ちょうどバス停から発車する所だった。
僕がバスを降りて、学校に向かって歩いていると、同じクラス方向に歩いている、見慣れたポニーテールが見えた。
僕は走り出し、彼女に追いつき
「お・は・よ」
と、肩を叩きながら声をかけた。
「あっ、お早うー」
松本さんが振り返り、僕の顔を見ながら、挨拶を返して来た。
僕達は並んで歩き出した。
「今日は学校に来るのが遅いね。まさかお嬢、寝坊でもした?」
僕が聞くと、松本さんが
「違うよ。今朝、忘れ物をしちゃって。家まで取りに帰っていたら、遅くなっちゃたの」
ペロッと舌を出した。
「そそっかしーなー」
僕が笑う。
「もー。笑わないでよ」
彼女がすねたように言ったので
「ゴメン。で、何を忘れたの?」
と聞くと
「国語の教科書」
彼女は言った。
僕は、首をかしげながら
「国語の・・・。今日、国語の授業なんて、あったっけ?」
僕が聞くと、松本さんは驚いた様に
「えー。昨日のホームルームの時に、先生が3時間目の数学が国語になるって、言っていたじゃない。数学の先生が出張で居ないからって。もしかして浦河、忘れていたの?」
「あー、忘れてた。と言うより、先生の話、聞いてなかったー」
僕は慌てて言う。
「どうするの?教科書を家まで取りには帰れないよね?私の教科書、見せてあげようか?」
「い、いいよ。1組の誰かに借りるから。教科書を全部、学校に置いているのが、1人か2人は居ると思うから」
「大丈夫?」
「多分、ね」
「じゃあ、見せてあげないからね」
松本さんは、笑いながら言った。
僕達は校舎に入り、下駄箱からスリッパを出して履き替えると、松本さんが先に教室に向かって歩き出した。
僕も急いで靴を履き替え、松本さんを追いかける様に、階段を上がり教室に入った。
「まだ、誰も来てないね」
鞄を置きながら、僕は言う
「いつも、でしょう」
「そうだね」
松本さんは、教科書を机の中に入れながら
「今日も部活はあるの?」
と聞いて来た。
「今日は無いよ。午後から職員会議があるとかで、部活は休みだけど。なんで?」
僕が聞き返す
「何でもない」
松本さんはそう言って、教室を出て行った。
僕は、自分の席に座ると
『何で、部活の事を聞いて来たのかな?』
等と考えていた。
そのうちに、同級生が次々と登校して来て、教室の中が騒がしくなっていく。
「おはよー」
「おーす」
挨拶が交わされ、いつもの騒がしい教室になり、朝のホームルームとなった。
授業は進み、2時間目が終わった。
僕は授業が終わると教室を出て、1組の教室に向かった。
1組の教室に着くと、友達の中川に
「中川、国語の教科書を貸してくれ」
と頼んだ。ところが
「うら、遅いよ。俺の教科書、他の奴に貸しちゃったよ」
と言うので、
「いつ貸したの?」
「1時間目が終わった時」
中川が言うので、僕は
「他に誰か、いないかな?」
教室の中を見渡しながら、言うと
「多分居ないよ。早い奴は朝のホームルームの前に、借りに来ていたみたいだから」
と、冷たく言われた。僕は
「遅かったか。仕方ない、出遅れた」
そう言って、中川と別れると、自分の教室に戻った。
教室に戻り、自分の席に戻った時に、無情にも3時間目の始まりを告げるチャイムが鳴った。
僕は
「松本様、国語の教科書を見せて下さい。お願いします」
隣に座っている松本さんにお願いした。
「ダ・メ」
彼女は言う。
「えっ!そんな事言わないで、お願い」
もう一度、国語する
「私が「教科書を見せてあげようか?」って朝言ったら、「いらない」って言ったじゃあないの」
「ゴメンなさい。悪かったです」
謝りながら、頼んだ。僕は、隣に居る松本さんを、いつも以上に近くに感じながら授業を受けていた。
松本さんは、授業中に自分のノートの端に
《放課後に図書室でね》
と書き、僕に見せた。
僕は
『教科書を見せて貰っているし、今日は部活も無いからな』
と、思って、僕も自分のノートに
《O.K.》
と書くと、松本さんを見た。
松本さんは、ノートを見た後、僕の方を見て
ニッコリ
と微笑んだ。
その後、授業は何事もなく進んでいき、その日の授業は全て終わった。
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