第6章

1/1
前へ
/20ページ
次へ

第6章

放課後 僕は1人で図書室に行き、松本さんが来るのを待つことになった。 松本さんが、久保先生から職員室に呼ばれていて、少し遅くなるとの事だったので、図書室で待つことになった。 土曜日の放課後と言うこともあり、僕の他には誰も居なかった。 僕は、図書室の一番奥のテーブルにバックを置くと椅子に座ると、テーブルの上にうつ伏せになるような格好で、眠って待っていた。 しばらくすると、図書室内にドアを開ける音が小さく響き、人の歩いて来る気配が感じられた。 僕は、そっと目を開けて松本さんが来たのを確認すると、そのまま寝た振りをして待っていた。 足音が、ゆっくりと近付いて来る。 彼女が歩いて来るのが分かった。 足音が止まり、彼女は僕の横に立つと 「う・ら・か・わ」 と、声をかけて来た。 僕は、寝た振りをしていた。 松本さんは、覗き込む様に僕を見る、彼女の息づかいが近くに感じられた。 そして、また 「う・ら・か・わ」 と、僕を呼んだ。 僕がそのまま起きないでいると、彼女は自分の履いていたスリッパをそっと脱いで手に持った。そして パシン! 僕の頭を叩いた。 僕は 「痛てー」 と言いながら、両手で頭をおさえながら起きると、もう一度 「痛いなー」 と言った。 彼女は 「寝た振りをしたからだよ」 笑いながら言ってきた。 「わかっちゃった」 「わかるわよ。それよりも浦河1人?原田君は?」 と聞いて来た。 「原田は、本当か嘘か、誰となのか知らないけど、デートだとか言って、さっさと1人で帰ったけど」 と答え 「松本こそ、いつもの取り巻きは?」 と聞き返した。 「私1人だよ。美咲ちゃんは、何か用事があるからって帰ったし。他の友達が来ると、浦河のおごりが多くなるから困ると思って、1人で来たの」 松本さんは言う。 「えっ。他の人の分も、おごらせる気だったの?」 「そうよ。だから1人で来たの。優しいでしょう?」 彼女は笑いながら言う。 「ハイ。優しいです」 僕はそう言いながら、椅子から立ち上がった。ズボンのポケットから財布を取り出して、中身を確認しながら 「ホールのジュースで良い?」 松本さんに聞くと 「良いよ。買ってきてね。お願い」 と、可愛く言った。 「ハイ、ハイ。で、お嬢様は、何をお飲みになりますか?」 「アイスミルクティね」 「お待ち下さいませ」 僕は、そう言うと図書室を出て、1階のホールに設置してある、自動販売機の前に立った。 自動販売機にお金を入れている時 「うら。まだ、帰らないのか?」 と、声を掛けられた。 僕が振り返ると、近藤と中川が立っていてた。 「ジュースを飲んだら帰るよ」 僕は言う。 「俺達には、無いのかよ?」 中川が聞いて来る。 「無いよ。自分で買え」 「冷たいなー」 「じゃあ、うらがジュースを買ってくれないから、帰るか?」 「そうだな。帰るか」 近藤と中川は、それだけ言うと帰って行った。 僕は、2人の姿が見えなくなってから、ミルクティとカフェオレを買って、急いで図書室に戻った。 僕は 「お待ちどおさまでした」 ウエイターの様に、テーブルの上に買って来たミルクティとカフェオレを置いた。 「遅かったね」 松本さんは言う 「和幸達が、ホールに居たんだ」 「何か言われた?」 「何も無いよ。ジュースをおごれって、言っていたけどね」 僕は、彼女の正面の椅子に座りながら言った 「いただきます」 松本さんは、ミルクティを一口飲むと 「あー、美味しい」 笑いながら言う。 「こんなことなら、教科書を見せてもらわなくても良かったかも」 僕は言う。 実際に今日の授業の時、教科書を忘れている人は何人かいたけど、先生に怒られる事も、指される事もなく授業を受けていた。 「浦河が見せてって言ったから、教科書を見せたんだからね」 彼女は、ふくれた様に言う。 「分かってるって。だから、ジュースをおごったでしょう」 僕は彼女をなだめるように言って、ミルクティを飲む姿を見ていた。 「やだ。何、見てるの?」 僕が見つめている事に気が付いた、彼女が言う。 「ん。何でもない」 僕は、そう答え 「こんな時間に、2人だけで居るのって、初めてじゃない?」 と聞いた。 「そうね。2人で居る事は、よくあるけど、朝の時間以外じゃあ、初めてかも」 「放課後の松本の回りって、いつも辻本さん達が居るよね」 「浦河だって、原田君とか居るし。部活をしているから、この時間はいつも走っているでしょう」 彼女は言う。 「そうだね。そう言えば、松本は部活に入らないの?」 僕が聞くと 「んー。1年の時から、部活に入らなかったし、今更と言う気もするし・・・。だから、やらないの」 彼女は答える。 「運動部のマネージャーとかは?」 更に、僕が聞くと 「マネージャーなんてガラじゃないし、多分やらないかも。それより浦河、中学卒業の時に、陸上の強い高校から、推薦を受けていたのでしょう?、何で推薦を受けなかったの?うちの高校の陸上部って、そんな強くないよね」 と聞き返した。 「それは、陸上の強い高校に行くより、強い高校をやっつけるのが好きだから。って言ったら信じる?」 「信じない」 松本さんは、笑いながら答える。 「原田は、彼女を作りたいから、推薦を蹴ったって言っていたけど」 「原田君らしいね。浦河も、本当はそうなんでしょう?」 「そうかもね」 僕は答え 「お嬢は、何でこの学校を選んだの?」 と聞いた。 「ナイショ」 彼女は速答した。 「何で、教えてくれないの?」 「良いじゃない」 「お嬢のケチ!」 僕は言った。 こんなに長く、2人だけで話をしたことは、今まで無かった。 朝、話をしていても、同級生が次々と登校して来るし、放課後には僕は部活をしているし、彼女も友達と居たし、こんなにゆっくりと話をした事は無かった。 僕は彼女に、以前から聞いて見たい事があった。 「松本はいつも、髪をポニーテールにしたり、お団子みたいに丸めたりして、まとめているけど、髪をほどいたりしていないの?」 と、聞いてみた。 「家に居る時は、結んでない事が多いかな?」 彼女は言う 「そうじゃなくて、学校ではおろした事無いよね?」 「水泳の授業の時はおろしてるよ」 「す、水泳って、授業が男女別だから、見れないし、確かキャップかぶってるでしょう」 「浦河良く知ってるね!もしかして、覗いてた?」 「覗いて無いって」 慌てて、僕は言う 「本当?」 「だから、覗いて無いって」 「私の水着、見たく無い?」 「そ、それは・・・・」 僕が答えに困っていると 「浦河の、エッチ!」 と、松本さんは笑いながら言う。 「お嬢、意地悪だなー。」 僕も笑いながら言った。 「良いじゃない」 彼女は、何故か楽しそうに僕を見ている。 「いつから、ポニーテールにしてるの?」 僕は、改めて聞いた。 「中学の頃はおろしていた時もあったけど、高校生になってからは、いつもまとめる様にしてるの」 「校則に[長い髪は、まとめるように]とはないよね。長い髪の子も居るし」 「そうね、校則には無いけどね」 「何か、特別な理由があるの?」 僕は聞く 「理由と言うか・・・、私が髪を解いた姿は、私が好きになった人だけに見て欲しいって、思う様になってからは、髪をまとめるようにしたの」 「いつ頃からなの?」 「中学3年の時、だったかな」 彼女は言う。 「へー。そうなんだ」 僕が言った途端 「なっ、何を言わせるのよ。もー」 「そこまで教えて。なんて言った訳じゃないよ」 僕は慌てて言う。 「浦河の話の聞き方が悪いの。変なこと言わせたから、また、ジュースでもおごってもらうからね」 と、松本さんは言ってきた。 「帰る時ね」 「良いわよ」 彼女は言った。 僕は、松本さんの秘密を聞けたような気がして、ちょっと嬉しくなっていた。しかし、同時に 『松本の髪をといた姿を、誰が見る事になるのだろう』 そう思うと、何故か心がズキリと痛んだ。しばらくの間、2人で色々な話をしていた。 ふと時計を見ること、午後4時を過ぎていた。 「そろそろ、帰る?」 僕が言うと 「そうね。帰ろうか」 と、彼女も言った。 学校を出て、バス停迄に一緒に歩いていると 「こんな時間まで、浦河と2人だけで話をするなんて、思わなかったよ」 松本さんは言う 「初めてかもな」 僕も言った。 「そうね、初めてかもね。でも浦河、もし同級生の誰かに、こんな時間まで2人で居る所を見られたらどうする?」 急に、彼女は聞いて来た。 「・・・・・」 僕は、答えが直ぐに出なかった。 「冗談よ」 彼女は言う 「急に聞かれて、答えが出なかったよ。いつもみたいに、からかわれるかな?」 そう答えるのが、精一杯だった。 バス停に着いて、バスを待っている間、僕は自動販売機でジュースを買って 「松本」 名前を呼び、ベンチに座っていた松本さんにそっと投げた 「図書室で言ったのは、冗談だったのに」 ジュースを受け取りながら言う。 「良いから」 と僕は言った。 「ありがとう。浦河って、優しいよね」 松本さんは言う 「どんな風に?。今まで意識した事は無かったけど」 僕は答えた。 そんな事を話していると、僕の乗るバスがやって来た。 「また、来週ー」 そう言ってバスに乗り込み、空いていた、一番後ろの席に座った時、バスは発車した。 バスの外を見ると、松本さんはベンチに座ったまま、ジュースを飲んでいるのが見えた。 僕の心の中には、戸惑った感覚が渦巻いていた。 『さっきの松本の台詞に、僕は何と答えたら良かったのかな?』 『僕は、彼女の事を、どう思っているのだろか?』 『同級生?』 『友達?』 『彼女?』 色々な言葉が浮かんでは、消えていった。 そして、いまだに松本さんに対する自分の気持ちが分からないでいる、自分がいる事に気がついた。
/20ページ

最初のコメントを投稿しよう!

52人が本棚に入れています
本棚に追加