第7章

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第7章

僕が松本さんと放課後に、2人だけで図書室に居たことは、誰にも知られる事もなく、いつもと変わらない、学校生活が続いていた。 季節は夏に向かって、日差しが強くなっていく。 そんな中、僕が松本さんに対する気持ちに、気がつく出来事が、体育の授業中に不意にやって来た。 「今日の体育、マラソンだってよ」 グランドに向かって歩いている時、近藤が言う。 近藤は、運動が大の苦手で 「やだなー」 なんて、ぼやいている。 僕と原田は、走り終われば良いだけの、マラソンの授業は嫌いでは無かった。 「どのコース?」 僕が近藤に聞くと 「山コースだって」 嫌々、言う。 「海コースでなくて、良かったじゃない」 僕が言うと。 「それはそうだけど。走る事が嫌いだから、どのコースでも同じだよ。せめて、学校コースなら楽なのに」 「それも、そうか。でも、学校コースなら、あっという間に終わっちゃうな」 「お前ら陸上部は、どのコースでも、あっという間に走るだろう」 原田が、僕らの会話に入って来て 「浦河。さっさと走ってよ、女子の授業でも見学しようぜ」 と言ってきた。 「そうしようか!」 僕は答え 「今日の女子の授業は何?」 近くを歩いていた、辻本さんに聞いた。 「今日はね、ハードルだよ」 と言う。 「そうなの。大丈夫?」 僕が言うと 「何が?」 と、聞き返した 「ハードルに引っ掛かって、転ばないでよ」 僕が言うと 「そうだよ。注意しろよな」 原田が、割って入るように言う 「平気だよ」 そう言って、辻本さんはグランドに走って行った。 僕は原田に 「マラソンなら、集合場所は正門の所だよな」 と聞いた。 「そうだな」 原田はそう言うと、正門に向かって走り出した。 僕も後を追いかけ、近藤が渋々ついて来た。 僕達が、正門に着いた時には、他の同級生達は集まっていて 「浦河達、遅いぞ」 赤井が声をかけて来た。ガヤガヤと騒ぎながら、先生が来るのを待っていると、久保先生が走って来て。 「全員集まって居るな。今日の授業は体育委員から聞いていると思うが、マラソンをしてもらう。準備体操をしたら、山コースを2周する事」 「えー。2周もですか?」 「今日の授業は、それだけで終りだから、手を抜かないように走るように。いいな」 と言い 「女子の村上先生が居ないから、自分はこのまま女子のハードルの授業を受持つから。みんなは走り終わったら、グランドに集まるように」 「分かりました」 「自分が居ないからって、サボらないようにしろよ」 「はい」 みんなで返事をした時 「特に浦河と原田、最後の方に帰って来たら承知しないぞ」 そう言われて、僕と原田は 「はい」 「大丈夫です」 と、もう一度返事をした。 「後は体育委員に任せるからな、事故には注意するように」 そう言うと、久保先生はグランドに戻って行った。 体育委員の伊藤が 「じゃあ、体操するから。その場で良いから広がって」 と指示し 「いくよー。跳躍。1・2・3・4・・」 号令をかける。 準備体操とストレッチをして、体をほぐすと 「じゃあ行くよ。出発!」 伊藤の合図で、僕達は一斉に走り始めた。 僕は、集団の真ん中位で走り出した。 正門を出て、グランドの横を走っている時、体育倉庫からハードルを出している、松本さんの姿が見えた。 彼女の姿を見た時、何故だが分からないけど、一瞬、嫌な予感が僕の頭の中を走り抜けた。 『転ばないようにね』 僕がそう思いながら走っていると、後ろから原田が走って来て、僕の横に並んだ。 「浦河、飛ばそうぜ。先生にも言われたし、早く走り終わって、女子のハードルを見学してようぜ」 僕をせかす 「辻本さんの、応援か?」 「何でだよ」 「今日は、辻本さんに優しい言葉をかけていたし」 「そんな事無いよ。さっさと走ろうぜ」 原田は、照れくさそうに話した。 「いつものお返しだよ」 僕はそう言うと、走るスピードを上げようとした。普段から部活で走っている僕にとっては、そんなに辛い事では無かったけど、文化系の部活をしている同級生は、辛そうに走っていた。 「待ってくれー」 近藤が声をかけて来た。 原田が 「先に行くぞ。ついて来いよ」 なんて言っている。僕も 「おいていくぞ」 と言った。 「無理だよ。お前らのスピードに、ついて行けるわけが無いだろう」 近藤は言う、僕が 「じゃあ、ゆっくり来いよ」 と言うと 「友達だろう。一緒に行こうぜ」 すがる様に、近藤は言う 「嫌だ!」 僕はそう言うと、走るスピードを上げた、原田もついて来る。 「冷たいなー」 後ろの方から、声が聞こえていた。 僕は、コースを走り終わると、正門から学校の中に入って行く。 原田も直ぐにやって来た。 「やっぱり走り事は、浦河に勝てないや。幅跳びなら勝てるのにな」 なんて言っている。 「調子が良かっただけさ。じゃあ今度、高跳びで勝負しようか?」 僕は答えた。 「それは意味が無い。それより、女子の授業を見に行こうぜ」 原田は笑いながら言う。 僕達は、整理運動をすると、階段の所に行き、グランドでハードルをしている女子の授業を座って見学していた。 その後、続々とマラソンを終えた同級生が、階段に集まって来る。 僕と原田が、授業の見学を始めた時は、ちょうど、タイム測定をしている所だった。 しばらく見ていると、松本さんが、スタート地点に着いた。 僕が彼女の姿を見ていると、原田が 「浦河。ほら、彼女が走るぞー」 と言い 「松本さーん。彼氏が見てるぞー。頑張れよー」 なんて、声援をおくる 「原田。変な声援、するなよ」 僕はそう言いながら、松本さんの姿を見ていた。 彼女はスタートを切る。 1つ 2つ 3つ 次々とハードルをクリアして行く。 僕が見ていても、かなり良いタイムで走っていた。 ハードルが残り2つとなった時だった。 彼女の足がハードルに引っかかり、松本さんは、前のめりになりながら、転倒した。 「キャー」 悲鳴が聴こえた。 久保先生が、松本さんの元に走って行くのが見えた。 僕は、松本さんが転倒したのを見た瞬間、勢いよくその場に立ち上がっていた。 マラソンの時に感じた、嫌な予感が当たってしまったのだった。 原田が 「浦河、お前も行けよ」 と言う 「で、でも」 僕が躊躇していると 「良いから、行けって」 僕の背中を強く押す。 「行ってくる」 背中を押された僕は、それだけ言うと、階段を駆け下りて行き、松本さんが倒れている所まで、ダッシュで向かった。 「お嬢、大丈夫か?」 松本さんの側に行き、声をかけると、彼女は右足の足首を両手で押さえながら、うずくまっていた。 「浦河、良い所に来た。松本を保健室まで、連れて行ってくれ」 と、久保先生が言う。 「はい。分かりました」 僕は返事をすると、その場にしゃがみ、松本さんの方に背中を向けた。 うずくまった、ままでいる、松本さんを辻本さんと五十嵐さんが手を貸して、僕の背中に乗せようとした。 その時 「だ、大丈夫だよ。1人で、歩いて保健室に行けるから」 松本さんは、いつもの様に、強がってみせる。 「良いから、おぶされ!」 僕は、少し強い口調で言う。 松本さんは、ちょっとびっくりしたのか、辻本さん達の手を借りて、素直に僕の背中におぶさった。 「良い?立つよ」 「うん」 松本さんの返事を聞き、ゆっくりと立ち上がると 「2人は残ってて良いよ。手伝ってくれてありがとう」 僕は辻本さんと五十嵐さんに言う。 「早く、保健室に連れて行ってあげて」 五十嵐さんが言った。 僕が久保先生に 「保健室に連れて行きます」 と、言うと 「頼んだぞ」 と先生は言い、他の同級生に向かって 「今日の授業は、これで終わりにするから、男子も女子も集合」 と、号令をかけた。 その声を聞いた、同級生達がグランドに集まりだした。 僕は松本さんを背負い、階段を上がって行く。 久保先生の 「女子で、ハードルのタイム測定が終わっていない者は、後日、改めて測定するから」 と、言っている声が、後ろから聞こえていた。 僕は、保健室に向かって歩いていた。 「お嬢。足、痛むか?」 声をかけると 「大丈夫だから。1人で歩いて行けるから、浦河もグランドに戻って良いよ」 と、また強がりを言った。 「ダーメ。今日は、お嬢に何を言われても、絶対におぶって行く」 僕は言う。 ゆっくりと歩いていると 「・・・浦河」 松本さんは、僕の名前を呼んだ 「何?」 僕が聞くと 「あ・・あり・・・、何でもない」 松本さんは、台詞を続ける変わりに、僕にしがみついている腕に力を入れた。 「お嬢」 「何?」 「・・・足、大丈夫か?」 「うん」 彼女が素直に、お礼を言えないでいるのは、分かっていた。 力を入れた彼女の腕が、精一杯のお礼を言っていた。 保健室は、校舎の中からだけでなく、外からも室内に入る事が出来る様になっていた。 「先生。安藤先生」 僕は、保健室のドアを勢いよく開けると、保健の安藤先生の名前を呼んだ。 「なーに?。まだ、昼寝の時間には早いわよ?」 先生は部屋の奥にある、薬品が保管してある、ロッカーの間から出て来ながら言う。 昼休みに、体調が悪いと言いながら、昼寝に来る生徒が居るので、僕も、サボりと思われたようだった。 「違いますよ。松本さんがハードルの授業中に転んで、捻挫だと思うけど、怪我をしたので、連れて来たんです」 僕が答えると 「そう。じゃあ、ベッドの上に下ろしてあげてね。でも、押し倒すなよ」 先生は、ベッドを指さしながら言う。 「そんな事、しません」 僕は松本さんを背負ったまま、靴を脱ぎ、室内に入ると、ベッドの上に松本を下ろした。 「まだ、痛む?」 僕が松本さんに聞くと、彼女はうなずいた。 「無理するなよ」 彼女にそう言って 「先生、グランドに戻りますので、後はお願いします」 僕が、運動靴を履き保健室を出て行こうとした時に、安藤先生が腕組みをしながら 「ところで、浦河に質問なんだけど、何で体育委員でも、保健委員でも無い浦河が、彼女を保健室まで連れて来たのかな?」 と聞いて来た。僕は 「え、えっと・・そ、それは・・ですね。・・・・グランドに戻ります」 と、だけ言うと、駆け足で一目散にグランドに向かった。 「あっ。逃げた」 安藤先生の言葉が聞こえた。 ベッドに座っていた、松本さんは小さく笑っていて 「今度来たら、とっちめてやるから」 安藤先生は、僕の後ろ姿を見ながら、言っていた。
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