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第8章
次の日の朝
僕が学校に登校して、教室に入った時、いつもは僕より早く登校しているはずの松本さんの姿が教室に無かった。
『まだ来ていないのかな?。それとも今日は休みかな?』
そう思いながら、僕は自分の席に着いた。
松本さんは、僕が保健室に連れて行った後、安藤先生の車で、学校の近くにある整形病院に行ったらしかった。
僕が、自分の席に座っていると
「おーす」
原田が登校して来た。
「オッス」
僕が返事をする。
「何だ。元気がないなー。彼女が怪我をしたのが心配か?」
からかうように、原田は言う。
「そうかもな」
僕は力なく答えた。
原田も松本さんが、転倒するのを見ていたので
「結構、派手に転倒したよな。足の怪我は大丈夫かな?」
原田も心配してくれた。
そんな事を話しているうちに、同級生が次々と登校して来て、辻本さんや、五十嵐さんも登校して来た。
僕は2人に
「昨日は、手伝ってくれて、ありがとう」
と、お礼を言った。
「朱音ちゃんを保健室まで連れて行ってくれたのは、浦河君の方だよ」
辻本さんが言う。
「松本、今日は休みなのかな?」
僕が聞くと
「休むとは聞いていないけどね」
「そうね」
2人は答え
「どうしたのかな?」
五十嵐さんが言った時、教室の扉がゆっくりと開いて、松葉杖をついた、松本さんが教室の中に入って来た。
ざわついていた教室の中が、一瞬静まりかえった。
彼女は、ぎこちない様子でゆっくりと、自分の席に近づいて来た。
僕は、彼女の席の椅子を引いて、松本さんが座りやすくした。
「ありがとう」
松本さんはそう言うと椅子に座り、松葉杖を机に立て掛けて
「遅くなっちゃった」
と言った。
「足は大丈夫?」
鈴木さんが聞く
「うん。骨は折れて無いって。足首を捻ったみたいだけど、しばらくは松葉杖を使うようにって、病院の先生に言われたの」
松本さんは言った。
「大丈夫?」
「足、痛くないの?」
「怪我は大丈夫?」
等と、次々と近くに居た女子が、声をかける、僕はその様子を自分の席で、見ていた。
しばらくして、教室に入って来た、久保先生に
「みんな、席に着け」
と言われて、みんなが自分の席に戻って行った。
朝のホームルームが有り、1時間目、2時間目と授業は進んで行く。
僕は、松本さんに対して、いつも通り接していたつもりだけど、この日は何かが違っていた。
それが何故なのか、僕はこの時は分からないでいた。
授業はいつもの様に進んで行き、昼休みが終わると、清掃の時間となった。
僕達の班は、職員室の掃除が担当になっていた。
職員室前の廊下に集まって、班長の近藤が
「職員室の掃除に来ました」
と挨拶して、職員室に入ると掃除を始めた。
僕は床掃除をしていた。
ホウキで机の下を掃いたり、モップで床を拭いていた。
松本さんは、慣れない松葉杖をつきながら、ゆっくりと先生達の机の上を拭いていた。
僕が松本さんに近づいて
「ゆっくりで、良いよ」
と言った時だった、近藤がいきなり
「松本さん、さっさと机を拭いてよ。他の場所の掃除もあるんだから、時間が無くなっちゃうよ」
と、班長としての威厳を振る舞うかの様に言ったのだった。
松本さんは、ビックリして
「ご、ごめんなさい」
と誤った。
その近藤のとった態度を見た、辻本さんと鈴木さんが、近藤に向かって何か言おうとした時だった、僕の中で何かが弾けた。
そして僕は、今いる場所が職員室の中だと言う事も忘れて。
「和幸。松本さんが、足を怪我しているのが見えないのか!。そんな事を言うんじゃないよ」
と大声で叫んでしまった。
辻本さんも鈴木さんも
「そうよ。朱音ちゃん、足を怪我しているのだから、早く掃除することなんて、出来るわけ無いでしょう」
そう言って、僕の援護射撃をしてくれた。近藤は、僕達の勢いに押されたのか
「いや、掃除の時間が・・・・」
なんて言って来る。
僕は
「足を怪我しているんだから、本当は掃除もしなくて良いんだよ。松本、真面目だから休まずに掃除をしているのだろう。俺達が彼女の分まで、掃除すればいいじゃないか」
更に言う
「そ、そうだけど・・・」
近藤は、小さな声で答えた。
「自分が班長だからと言って威張るな。自分が楽したいからって、そんな事言うな」
と、近藤に良い放ち、松本さんに
「和幸の言う事、気にしなくて良いからね。足に負担をかけないように、掃除すれば良いから」
優しく声をかけた。
「うん」
松本さんは、うなずく。
僕の剣幕に驚いたのは、近藤だけではなかった。
原田と辻本さん、鈴木さんは勿論の事、その時に職員室に居た先生達でさえ、ビックリして僕を見ていた。
僕は、みんなの視線を感じながら、掃除を再開して
「ほらほら、みんなも掃除を再開して、手の動きが止まっているよ。掃除の時間が過ぎちゃうよー」
と声をかけた。
止まっていた時間が動き出すかの様に、掃除をするみんなの手が動き出し、先生達も仕事を再開した。
この日の朝から感じていた、僕の松本に対する接し方の違いに、この時、気がついたのだった。
僕はずっと、彼女の事を、かばおうとしていたのだった。
掃除の時間が終わり、教室に戻る為に廊下を歩いている途中、原田が僕の肩を叩き
「浦河。良く言ったね」
と声をかけて来た。
「仕方ないだろう。あの場面では」
「そうかも知れないけど。先生達みーんな、お前の事を見ていたぞ」
「そうかもな。後で先生に、何か言われたら、その時は・・・その時さ」
僕はそう言うと、教室に入り自分の席に座った。
僕の隣では、松本さんが次の授業の準備を始めていて、教科書を机の上に置いていた。
僕は
「お嬢。さっきはゴメンな」
と誤った。
「何で、浦河が誤るの?」
松本さんは、聞き返す。
「職員室での事さ」
「気にしないで良いから。それより私の事・・・、かばってくれて・・ありがとう」
松本さんは、そう言ってくれた。
「それなら、良いけど・・・。ちょっと、目立ち過ぎたかな?」
照れ笑いをしながら、松本さんに聞いた。
「すっごく、目立ったよ」
松本さんは、笑いながら言う
「やっぱりね」
僕も笑っていた。
後ろの席に座っている、原田も
「確かに、目立ったな」
と言い、辻本さんも
「浦河。目立ち過ぎだよ」
と言って来た。
近藤は、居づらくなったのか、自分の席を立って、他の同級生の所に行ってしまった。
鈴木さんが
「近藤君、かわいそう」
と、同情したように言うと、原田が
「良いの。良いの。和幸には、良い薬だよ。あいつ、昔から威張る癖が有るからね」
席を立った、近藤を見ながら言うと、鈴木さんが
「そうだね。でも、さっきの浦河、すごく格好良かったよ」
と言って来た。僕が
「誉めても、何も出ないよ」
そう言うと、辻本さんが
「なーんだ。放課後にジュースでも、ご馳走になろうと思ったのに」
なんて、言い出した。
「何も、出ないって」
僕が言うと
「朱音ちゃんも、職員室で目立ったしねー。ほっとくのー」
辻本さんが言って来て、鈴木さんも
「朱音ちゃんを、あんなに恥ずかし目に遇わせたのにね」
と言って来た。
「ハイ、ハイ。放課後で良いよね」
僕は、根負けした。
松本さんも、笑いながら
「私には?」
なんて、言って来た。
僕は
「分かっているよ」
と、返事をした。
放課後の図書室には近藤を除いた、同じ班の5人が集まって、奥のテーブルで話をしていた。
「しかし、今日の浦河は凄かったな。あんなに怒った所、中学の頃から今までで、1度も見たことないよ」
原田は言う。
「近藤君が、静かになったもんね」
鈴木さんが言い、辻本さんも
「近藤君だけじゃないよ。職員室中が静かになったよねー」
そう言いながら、僕を見る
「その話は、もう良いから。・・・それより、何を飲むの?」
僕は、財布の中を見ながら聞いた。
「私は、オレンジジュース」
と鈴木さん
「冷たい、イチゴミルク」
と辻本さん
「俺、コーラ」
と原田が言った。
「わかった。・・・てっ、何で原田まで言うんだよ」
「良いじゃん、ついでだよ。俺にもおごってくれよ」
甘える様に言う。
僕は
「わかったけど、買いに行くのつき合え」
と言った後、松本さんに
「松本は、ミルクティーで良い?」
「うん」
彼女が答えると、すかさず原田が
「浦河、ジュースを買いに行くのに、ついて行くのは良いとして、何で松本ちゃんの好きな飲み物を、知っているのかな?不思議だなぁ。やっぱり、仲が良いよなー」
僕の肩を叩きながら言って来た。
「そんな事は良いから、買いに行くぞ」
僕は原田の背中を押して、図書室を出て行った。
「行ってらっしゃーい」
期待のこもった声が、聞こえて来た。
ホールの自動販売機でジュースを買うと、図書室に戻りみんなにジュースを配った。
「いただきまーす」
待っていた、松本さん達が言う。
「どうぞ、召し上がれ」
僕はそう言って、松本さんの隣の席にき座った。
しばらく、みんなで話をしていたけど、鈴木さんが時計を見て
「そろそろ帰ろか」
と言って来た。
原田も
「そうだな。ジュースも飲んだし、帰ろうか」
と言いながら席を立った。
僕も席を立ち、松本さんも松葉杖を突きながら立ち上がった。
「大丈夫?」
僕が聞く
「うん」
彼女はそう言ってバッグを持つ、机の上には飲みかけのミルクティーが残っていた。
「ミルクティー、どうするの?」
僕が聞くと
「浦河にあげる」
松本さんが言うので
「そう。じゃあ、もらうね」
僕はそう言って、残っていたミルクティーを一気に飲み干した。
その様子を見ていた、辻本さんが
「あー!」
と叫んだ。
図書室を出て行こうとしていた、鈴木さんと原田が振り返り
「何?」
と聞いてきた。
「間接キス」
辻本さんは、手で自分の口をふさぎながら言う。
僕は、手に持っていた缶を見て、松本さんの顔を見た。
松本さんも、僕を見ていた。
「へー。やっぱりネー」
「仲が良いネー」
「2人の邪魔をしちゃ悪いから、早く帰ろう。じゃあなー」
原田達はそう言いながら、走って逃げるように、図書室を出て行った。
僕と松本さんは、図書室に残されてしまった。
「ゴ、ゴメンね。・・へ、変な事を言われちゃった」
松本さんは誤る。
「僕も、そこまで考えていなかったよ。でも、あのメンバーなら言いふらす事は無いと思うけど・・・」
僕は言った。
「そ、そうだね。・・浦河、私達も、そろそろ帰ろうか?」
「そうしようか」
僕はそう言うと、机の上に置いてあった松本さんのバッグを持った。
「あっ、私のバッグ、持たなくても良いよ」
松本さんは慌てて言う。
「バス停まで、持つよ」
僕はそう言って、バッグを持つと、2人で一緒にバス停に向かった。
学校を出た時、先に図書室を出て行った、3人は既に見えなくなっていた。
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