第19章

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第19章

その後、僕の怪我は順調に回復していき、事故に遭ってから1ヶ月を過ぎた頃には、退院する事が出来た。 退院した翌日から、僕は学校に通い始めた。 退院後に初めて学校に登校した日も、前と同じバスで通学した。 ただ、今までと違うのは、バス停から学校までの道のりが、果てしなく長く感じていた事だった。 僕がバスを降りた時、松本さんが1人、バス停のベンチに座り、ポニーテールに髪をまとめ、僕が来るのを待っていてくれた。 病院を退院した日の夜に、彼女に連絡をしていたのだった。 「おはよう」 彼女が言う。 「おはよう。待っていてくれたの?」 僕も挨拶をしながら聞いた。 「今日から学校だね。授業について行けるのかな?」 と、僕の前に回り込み、覗き込むようにして聞いて来た。 「しばらくは部活も出来ないから、遅れている授業については、放課後に松本先生の個人授業を受けるよ」 と僕は言った。 「・・・なんだか、イヤらしい言い方だね」 松本さんは、ちょっと考えた様に言う。 「どの辺が?」 僕がわざと聞くと 「個人授業ってあたり」 彼女が笑いながら言った。 「何でかな?」 今度は僕が彼女の前にまわり、顔を覗き込むように聞いた。 「個人授業って、Hなビデオとかの題名に有りそうでしょう」 「そうなんだー。Hなビデオにそんなタイトルの作品が有るんだ。何でそう言うの知っているの?」 「浦河が入院する前に、教室で原田君達と、そんな話をしていたじゃない」 「聞いていたの?。よく覚えているね」 僕が笑いながら言った時 「あっ。な、何を言わせるのよ。もう、知らない」 プイッと横を向きながら、彼女は言った。 「ごめん、ごめん。もう言わない。それより松本・・今日はポニーテールにしてるんだね」 僕が聞くと 「髪をおろした姿は、浦河だけに見て欲しいし、他の人には見せたくないから、学校では今までみたいにまとめているよ」 彼女は、機嫌を直し、そう言って来た。 僕は、松葉杖を使いゆっくり歩く、彼女は僕の歩調を合わせるかのように、ゆっくり歩いてくれた。教室に入ると、僕はカバンを机の上に置いて 「久しぶりの教室だな。何かよく分からないけど、緊張してきちゃうな」 そう、呟いていた。 松本さんも、自分の席に荷物を置くと、教室の窓を開けて回った。 冷たい風が、教室の中に吹き込んで来る 「お嬢、寒いよー」 僕が言うと 「空気の入れ換え。少し位は我慢しなさい」 怒ったふりをしながら、彼女は言う 「ハーイ。我慢しまーす」 僕が答えた時、教室の中に原田と辻本さんが一緒に入って来た。 「朝の教室から、夫婦漫才の声がすると思ったら、今日から勉強するのか?」 原田は言う 「怪我はもう良いの?」 辻本さんが聞いて来たので、僕は 「まだ松葉杖だけど、大丈夫だよ」 そう答え 「そんな事より原田、辻本さんと2人仲良く、お手々つないで登校ですか?」 僕が言うと 「ど、どこで見てたんだよ」 原田は焦りながら言って来た。 「冗談で言ったのに」 「あっ。見ていたわけじゃないのか」 原田は言い 「ばか」 辻本さんは、顔を赤くして言った。 「本当だったのか」 僕達がそんな話をしている時、他の同級生も次々に登校して来て、僕を見つけるなり、机の周りに集まり出して来た 「よく生きていたな」 「怪我は、大丈夫か?」 「子供を助ける為に、怪我をするなんて、まるで映画のヒーローじゃん」 「バイトが忙しくて、お見舞いに行けなくて、悪かったな」 等と言って、僕の学校への復帰を喜んでくれた。 近藤も登校して来るなり 「あっ浦河、学校に来れる様になったんだ。良かったな。でも浦河、掃除の時・・・」 と言いかけた時だった 「近藤君。また変な事を言ったら、今度は私が許さないからね」 松本さんが、近藤の台詞を止める様に言う。 「冗談だよ。また、俺だけ悪者にされちゃうから」 近藤は慌てて、そう言った。 「そうだな。また変な事を言ったら、今度は俺も職員室で叫ぼうかな、浦河君をいじめるなって」 原田が笑いながら、近藤の肩を叩いた。 「やめてくれ原田、お前に変にかばってもらうと、ホモだと思われるから」 僕が言うと 「これくらい、良いじゃないか。俺と浦河の仲だろう?」 原田が僕にすり寄る様にして、猫なで声で言って来た。 松本さんが 「エー、浦河。そんな趣味だったの?」 わざと言う、辻本さんも 「もしかして・・・ホモ?。私、つき合いかた、考えようかな」 と聞いて来た。 「そんな事、あるわけ無いだろう。原田も離れろよ」 「浦河の意地悪、中学以来の縁じゃないか」 「それと、これとは別だろう」 原田がじゃれていた。 でも急に 「で、浦河。部活は続けるんだよな?いつから、復帰出来る?」 原田の顔つきが真剣になり聞いて来た。 僕は松本さんの顔を一瞬見て 「続けるよ。怪我をしても、原田には負けないからな。でも、復帰は当分先だけど」 と答えた。 原田は 「ここで浦河に陸上を辞められると、俺は走る競技で負けっぱなしになるからな。公式戦で1回位は勝ちたいしな」 そう言って来た。 「怪我をしても、負けないから」 僕は、あっさりと答えた。 松本さんは、僕と原田の会話を、嬉しそうに聞いていた。 あの告白の日以来、僕が初めて陸上を続けると公言した事が、よほど嬉しかったようだった。 しばらくして、教室のドアを開けて、久保先生が入って来る 「おはよう。・・・おっ。浦河、登校して来たのか」 と声を掛けて来た。 「はい。いろいろ、心配を掛けてすいませんでした」 僕は、椅子から立ち上がり答えた。 「良いから。座ったままで良いから」 先生はそう言い 「早く良くなってもらわないと。本校の陸上のエースなのだから」 と言った。 僕は 「そんな事、無いですよ」 と答えた。 先生は教壇に立つと 「みんな、今日から浦河が登校して来た。これでクラス全員がそろった事になった。冬休みまで残り少ないが、全員一緒に終業式を向かえられる様にしてくれ」 と言った。 「ハイ!」 僕達は、大きな声で返事をした。 期末テストまで、もう少しだった。僕は、放課後のリハビリが無い日等、松本さんに遅れている分の授業を教えてもらっていた。 教室だと他の同級生が出たり入ったりして、僕達の事をからかうので、2人だけの勉強会は、もっぱら図書室だった。 「どう?少しは遅れている分、取り戻せそうかな?」 松本さんは、心配そうに聞く。 「松本が教えてくれるし、入院中も授業内容をまとめたノートをもらっていたから、少しは大丈夫かも」 僕が言う 「少しだけー」 「たぶん、大丈夫です」 僕は、言い直す 「たぶん?」 「大丈夫です」 更に、言い直した 「ハイ。良い返事」 彼女は、ニコニコしながら言う。 「今日の松本は意地悪な事を言うなー」 僕が言うと、松本さんは図書室に誰も居ない事を確かめて 「浦河」 小さな声で、僕の名前を呼んだ。 「なに?」 「あ、あのね。2人だけで居るときは・・・その・・私の事・・朱音って・・名前で呼んで欲しいな」 彼女は、モジモジしながら言って来た。 「良いけど、何で?」 僕が聞き直すと 「それは・・・」 「それは?」 「やっぱり、大好きな人からは、名前で呼ばれたいから」 彼女は下を向きながら言う 僕は、頬を紅くしながら話す松本さんを 『可愛いな』 と思いながら、見ていた。 ニコニコしながら見ている、僕に気がつき、松本さんは 「もー。何を考えているの?」 と言って来た。 「可愛いなー、と思ってさ」 と答えると 「本当にそう思っているの?」 「本当さ」 「じゃあ、キスして」 彼女は、キスをせがんできた 「ここで?」 僕が戸惑いながら聞き直すと、彼女はうなずいた。 僕は図書室に誰も居ない事を、再度確かめると 「朱音」 彼女の名前を呼び、彼女の唇にそっとキスをした。 唇を離し 「学校内でこんな事をすると、不純異性交流で停学になるのかな?」 僕が照れながら言うと、彼女は 「そうかもね。でも、不純異性交流って、場所なんて関係あるの?」 と聞き返して来た。 「それは分からないけど、分かる方のと言うか、分からなければいけない、期末テストの勉強をしよう」 僕はそう言って、話しを反らした。 「そうね。そうしようか。じゃあ、今日は数学からね」 僕達は期末テストに向けて、勉強をした。 そんな風に勉強をしていた事もあり、又テストまでの日数もなかったので、僕の期末テストの結果は見事なほどだった。 かろうじて、全教科、赤点はまのがれたけど、成績はかなり下の方になってしまった。 そして、期末テストの結果発表があった日の放課後も、僕と松本さんは図書室に来ていた。 彼女は 「浦河、ゴメンね」 「何が?」 「成績、下がっちゃったね。私の教え方が下手だったから、よく分からなかった?」 と謝って来た。 「そんな事ないよ」 「本当?」 「テスト範囲が授業を受けていない所がほとんどだったし、赤点が無かっただけでも、朱音が教えてくれたからだよ」 僕は言った。 「それなら良いけど」 僕達がそんな話をしている時、原田が図書室に入って来た。 僕達の居るところは直ぐに見つかり、原田は近寄って来るなり 「浦河、やっぱり2人で、ここに居たか」 「居て悪いか?」 「いいや悪くないけどさ。ところで今、松本ちゃんの事を、名前で呼び捨てにしていなかったか?」 と、昔僕が原田をからかった時の様に言って来た。 僕達は、つき合い始めた事を、みんなには言っていなかったので 「そうか?気のせいだよ。ところで原田、何しに来たんだよ」 はぐらかす様に、聞き返した。 「冬休みの部活についてさ。今、久保先生に聞いて来たんだけど、年末年始の部活動は休みにするから、自主トレをするようにだってさ」 「わかったよ。じゃあ、リハビリを兼ねて軽く走るかな」 僕が言うと、松本さんが 「まだダメだよ。怪我がまだ完全に治ってないのだから」 と心配そうに言う 「そうそう。怪我人の浦河は、怪我の治療に全力を傾ける様にだってさ」 「そうだよな。松本ゴメンな、走るなんて言って心配させて」 「もー、変な事を言わないでね」 僕達の会話を聞いていた、原田は 「ハイハイ。俺は部活について言いに来ただけだから、ラブシーンの続きは俺が図書室を出てからにしてくれよな」 呆れた様にそれだけ言うと、図書室を出て行った。 「何を言っているのだろう?」 僕は松本さんに聞く 「さあ」 彼女も、困った様に言った。 「つき合っているの、みんなに言って無いからね。妬いているのかな?」 僕が言うと 「美咲ちゃんがいるのにね。それに、つき合っているのを言わなくても、私たち、前から恋人同士に見られているから」 彼女は言う 「今更、改まって言う事じゃないよね」 僕は言った。 「そうだもんね」 僕達は、お互いの顔を見合わせていた。 冬休みまで、もうすぐだった。
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