一章 理科室の住人

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「ひとりじゃ危険よ。怪我をしたら私の発表会にこれなくなっちゃうじゃない? それでも良いの?」  知世がブランコを飛び降りた。出雲公園はまだブランコの周りに柵がない。近々取り付けるという噂があるだけだ。  知世は元気な少女だ。純よりもずっと身軽だ。部活は入っていない。習い事にピアノを弾いている。腕は純が知る限り普通だ。来週、発表会を聴きにいくことになっている。 「そうだ。来週の土曜日だったね」 「忘れていたの?」 「忘れていないよ。来週の土曜日。十八時。パルトシアターホール。発表時間は十九時」  純は、口にするまで忘れていた。 「もう! カケル君も純君も来ないなんて私、絶対嫌だからね? 凄く練習頑張っているんだから!」  純の前で知世は頬を膨らませる。発表会の為に練習していることは、純も良く知っていた。  休日になると決まってピアノの音色が空に響く。知世のピアノは純をどこか遠くへと誘うばかりだ。技術としては一般的だと母親は言ったが純は知世のピアノが好きだった。
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