一章 理科室の住人

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 ビーカに入れたアンモニアが赤く染まっていく。見事な染色実験だった。  虹島純はメモ帳にその経緯を書き留めた。  ビーカ、リトマス紙、スポイト、アンモニアが入った瓶。赤く染まる液体。放課後の理科室が純の居場所だ。理科室の窓からは校庭が見える。  放課後の月影小学校の校庭からは、陸上部やソフトボール部、野球部などの声が響いている。実験中の純には雑音だった。  音楽室のように防音なら良いのに。手にしたメモ張を置いて校庭を憎らしげに見詰める眼差しは、どこか醒めていた。  他人か評価する純は子供らしくないという。純もその評価を好んでいた。とはいっても容姿ばかりの判断だ。中身は人より子供だ。純はそれもどこかで理解している。 「純君、そろそろお片付けしないと鏡先生に叱られるよ」  理科室の扉を開いて顔を出したのは、知世だ。 )山谷知世は純のクラスメイトで小学五年生だ。純とは幼なじみでもある。 「もう、終わらせるから大丈夫だよ」  純は知世の声を背中で聞いていた。この理科室を遊びに使う許可を得てから五年。知世は同じ時間に純を呼びに来る。その度に、純は短くそう返した。 「いつもそう言って、帰るのが六時になるんだから! それに今日はお話を聞いてくれるって約束したじゃない!」
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