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4月。
春、と言うには、まだ肌寒い季節。
和泉隆宏は、新品に近いスーツを着て、適当にネクタイを締め、
アパートを出る。
桜はまだ咲かない。
マフラーを持ってくれば良かったかも、なんて思いながらも、家に戻ることはせず、隆宏は、
学校に脚を向かわせる。
別に、学生をしにいく訳じゃない。
学校と言っても、中学校。
かといって、遊びに行く訳でもない。
仕事をしに行くのだ。
教師になって二年目の今。
担任を持つことになった。
まだ教師としては、不安な年数であるのに、なぜ、担任に俺が?
なんて疑問が沢山浮かび上がる。
確かに、大きな問題は起こしていないけれど、担任教師は、まだ自分には早い気がする。
(もの凄い不安だ………)
「う、わっ……」
緊張と不安から来るものか、小さな段差に脚を躓かせ、転びそうになる。
まだ、家を出たばかりだというのに。
はぁ。
学校に行くには、電車を使わなければ辿り着けない。
家からは距離があるし、車を持たない隆宏には、いささか遠い。
朝から満員電車でかなり心が折れる。
一年経っても、満員電車だけは慣れないし、沢山の匂いに気持ちが悪くなったりする。
今日もまた、
そんな状況だ。
電車を降りれば、満員の人によってか、ネクタイがズレていたりして、そんな手直しをする。
ここから歩いて、10分程歩いた場所に、仕事先である中学校がある。
「和泉せんせー、おはよーございます!」
「………」
生徒に対して、会釈をしてしまう。
ニコリと笑ってみるものの、挨拶をするだけして去っていく学生はいくらでもいる。
それにしても、早い登校。
そうか。
朝練か。
懐かしいな。
ふと、近くの自動販売機に目が止まる。
寒いし、
ホットな飲み物でも買おうか。
そう思って、鞄から財布を出し、ブラックの、コーヒーを買う。
財布を鞄にしまって、少し暖かさにホッとしながら、学校にへと再び脚を向けた。
そんな時。
「あの……」
「………?」
そんな声が聞こえた。
自分に向けられた声かはイマイチ解らなかったが、取り敢えず振り向く。
その先にいたのは、ダルそうな格好をした、自分と同い年くらいの青年。
青年の手には、手帳が握られている。
黒の革の手帳。
自分のとそっくりだ。
「これ。
落としましたよ」
優しげに青年は微笑んだ。
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