波旬の娘

2/2
前へ
/2ページ
次へ
果たして男が目を開けると、雑多な異形どもの姿が視界に入った。 叫声をあげて首から下は人だが、申の顔をした者が飛び跳ねる。亥の首を持った者は、意味不明の唸り声をもらした。 獣の異形が囲むのは、焚き火のようだ。黄や赤の炎が揺れているのは、鬼火であろうか。 どうやら彼らの狂乱の宴を邪魔したらしい。見渡すと、一番奥の位置に、金糸銀糸で織った豪奢な着物を身につけた見目麗しい女がいた。男を見つけると、おっとりと微笑む。ところが、 「何者じゃ」 と、手にした模様入りの立派な扇をあおぎ、冷たい声で誰何した。 「こんなところで何をしているのかな」 答えずに、男は口元を緩ませて反対に問う。 女の美しさに鼻の下を伸ばしたのかもしれない。 美人は扇で顔を隠して、上品に笑ったようだ。 「宴じゃ。見て判るじゃろう?御覧、今宵の供物を」 背筋も凍る笑みを浮かべた女は、右手にした扇をぱちんと閉じて空を薙ぐ。 扇の先端を向けた先には古木があり、堅いであろう幹に人が縄で縛りつけられていた。気を失っているのか、頭をがっくりと下げているので顔はよくわからない。細い小柄な体つきからして、女で、まだ少女のようだ。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加