第1章

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「貴方、自分で何をしたのか覚えていないの?死んで挨拶に来たのよ、ありがとうって」  もしかして、見捨ててくれてありがとうまで、母親に聞こえてしまったのだろうか。 「すいませんでした」  謝る他は方法がない。 「父さんを叱っておきました。私は貴方を面倒なんて思ったことは一度もありません。私が頂いた宝物なのよ。私は世の中のマイナーな面を引き受けるかわりに、ご褒美を貰ったの、天使を一人貰ったの」  天使なのよ、と、母が泣く。そんな話は初めて聞いた。 「一人でどっかに行ったりしないで、お願い、黙って消えたりしないで」  母二人に泣かれて、俺は心底、無茶をして悪かったと反省した。  病院は次の日には退院できた。  藤井の母親は自首し、高山も自首した。これで本当に終わったのだ。  御形の家に帰ると、座敷童のおもちゃが戻されていた。おもちゃを頼りに、幾人もの座敷童が御形の家に辿り付いてしまったらしい。座敷童が、主に懸命に迎えに来てと願ったらしく、一人二人と連れられて帰って行った。 「時々はこっちに遊びに来てもいいよ」  直哉は、恭輔を通して座敷童に声を掛けたそうだ。  俺には、難関がもう一つあった。  廊下で御形と会った。御形、俺を睨んでいるが、言葉は掛けてこなかった。  学校も休んでしまった、机を見ると、直哉が休んだ分のノートを取っておいてくれた。これでも、大学進学を希望している。そろそろ予備校も予約しなくてはならない。 「どこの大学、目指しているのかな」  御形が俺の後ろに立っていた。 「農業大学で、植物の育成を学びたいかな、あと発酵にも興味がある。その後、調理の学校に行き、春日のレストランみたいなのを経営したいとも思う」 「そっか、生きてこその夢だね」  嫌味を言われなくても、その通りだと思う。 「正直に言うとさ、時折、生きていることがどうでもよくなる。俺には居場所がないような気がして。でも今回、母親には恨まれていないのだと分かって、少しほっとした」  御形が後ろから抱き込んできた。ここ、直哉と同室だぞ。慌てて振りほどくと、イスを回して御形と向き合った。 「黒井、迷子の子供みたいだよな。帰る家はここだ、俺が決めた。もう直哉込みでいい、両方まとめて面倒みてやる」 「俺まで巻き込みか?」  直哉が部屋に入ってきた。 「そう、黒井と込みで、御形の持ち物」  持ち物ときたか、人間の扱いではない。
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